はじめに

下坂幸三

 いまさらながら,歴史というものはつくづく大切だと思います。日常の臨床の中で,患者・家族の発言ならびに治療者の言語的介入について記憶に残ったことを手帳などにちょっと書いておく。これはすでに歴史を書くということになります。それはつまり将来・未来に備えて大切な過去をしっかり把持する仕事だといえるでしょう。こうした倦むことのない過去へのふり返りが,われわれの日々の臨床活動をつねに新鮮なものとしてくれることは疑いをいれません。
 このたび日本家族研究・家族療法学会20周年記念出版として『家族療法リソースブック』が刊行されました。その中味はごらんの通り,第1部は主として日本と世界の家族療法の通史であり,第2部は,この領域における「105の文献ガイド」です。1部においても2部においても近い過去−現在というのはごく近い過去のことです−と,いささか遠い過去とが語られています。しかしながら家族研究も家族療法も若い学問領域で,われわれは遠い過去の歴史をもっているわけではありません。このような事情ですからなおのこと,われわれは新旧の2分法は採るべきではなく,また進歩という言葉にまつわる幻想からも自由でなければならないでしょう。
 温故知新といいます。重ねて述べますが本書の中味のすべては「故」です。そのなかに盛られている見方・考え方に,読者のひとりひとりが,まずは息を吹きかけて瑞々しくさせる。こういう働きかけが,「新」の始まりだと思います。もっとも本書に並ぶ活字をはっきりあらためて浮き上がらせてくれるのは,つねに日々のまともな臨床活動以外のものではありえないでしょう。
 「さらに多く,さらに早く,さらに快適に」というのが,日本を含めたいわゆる(技術)先進国−これをソシュールの専門家丸山圭三郎は滅亡途上国と言い換えていました−の旗印ですが,その大きな害が国内においても国外においても暴露される時代となりました。こうした好ましくない前進主義の流れに逆らって棹をさすことはほとんど不可能に近いと感じます。しかし,いわば「散歩の思想」とでもいうべきものが,これに対する億万分の一の歯止めになるのではないかと考えています。さしたる目的もなしに家を出てまた家に帰る。ときに思いがけないところへ出たり,立ちどまったり引き返したり,また出直したり。途中,空模様を見る,ひと・イヌ・ネコに出会う,店をのぞく,生垣に咲く花々をめでる,路傍の草にも目がゆく……。まあこれが散歩で,ウォーキングではこうはいかないでしょう。私は散歩の精神で,この本をゆきつ戻りつ楽しみたいと思っています。もっとも道なき道をゆくのは散歩ではなく冒険です。道がなければ,散歩はできません。この書が,家族研究・家族療法の世界における,よき道しるべとなれればよいと願っています。
 「絶対の探求は探求ではない。相対の探求こそ,探求の名に値する探求であろう」と名著『復興期の精神』の著者である花田清輝はどこかで書いていました。まったくその通りで,われわれはいつも相対の探究をしているわけです。しかしここで私事にわたって恐縮ですが,私の長い臨床医としての後半は,個人面接にかわって,家族面接をもっぱらとしてこんにちにいたりました。そして「家族療法」のすぐれた効果をくりかえし実感しなおしています。つまりいまの私にとっては,家族療法は「絶対に近い」のです。家族療法がもっと普及してほしい,これは,私の悲願です。
 本書は,編集後記をみてもおわかりのように,本学会の現会長楢林理一郎を先頭として壮年期にある元気のよい方々が構想し,短期間の間に完成させたものです。そのエネルギーには大いに打たれますが,同時に金剛出版の編集部の方々の働きもなみのものではなかったと推量します。

 本書が会員の方々ばかりでなく,家族援助に関心のある多くの方々のお手元に届く仕合せに恵まれることを心から願って筆をおきます。