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まえがき

 今日,大きな社会問題となっている虐待問題に対して,心理療法はどのような貢献ができるのでしょうか。虐待問題へのアプローチがむずかしいのは,一つに,心理療法を導入することの困難さにあります。確かに子育ての問題に親が問題意識をもって相談に来所する場合は,心理療法の導入もスムーズでしょう。しかし,親の中には,自分の子どもにしている行為を虐待として見ていない人もいます。それゆえ,とんでもない事態が起こるまで,虐待の発見が遅れてしまうということにもなりかねません。
 問題の認知が親にない場合,虐待の発見,防止,子育て相談への来所の勧めに貢献できる大事な地域資源は,そのまわりにいる人たち,つまり,親戚,近隣の人,保育師・幼小の教諭,医師などです。ただ,まわりの人たちがこの問題に対して過剰に反応し,虐待という問題を構築することもありうるので,その点は注意すべきでしょう。最近では,子育て支援の活動が地域の中で生まれ,虐待の発見,相談,防止に地域資源が大きな力を発揮しつつありますが,そのような活動に参加しない,あるいは,参加すらできない状況にいる親もたくさんいます。
 一方,この虐待問題に関連して,思春期や成人になってから,対人関係の中で症状を呈し,自発的にセラピーを受けにやってくる人たちがいます。彼らはたいてい,フラッシュバック,引きこもり,不眠,抑うつ,自傷,摂食障害,記憶障害などに苦しんでいて,その症状の原因は,子どもの頃の親からの虐待にあると語ります。つまり,自分の症状をすべて過去体験に帰しているといえます。この種の虐待問題に対する伝統的なアプローチは,虐待体験をした過去にクライエントを退行させ,それを追体験させるというもので,たいてい,長い期間のセラピーを要します。
 本書は,これらの虐待をめぐる諸問題に対するブリーフセラピーの貢献を詳述したものです。つまり,具体的な事例に基づき,虐待の発見,相談,防止に,そして,過去の虐待体験の対処にブリーフセラピーがどのように,役立つのかを述べています。執筆者は主に福祉領域の最前線で活躍している,虐待問題に精通した人たちです。
 ブリーフセラピーは伝統的なアプローチと異なり,クライントの過去ではなく,現在・未来に,そして,病理ではなく,資源に焦点をあてています。このブリーフセラピーの独自な考え方と技法が虐待問題に対する有用なアプローチの一つであることを読者の皆様にご理解していただき,いくらかでも活用していただければ幸いです。

平成15年5月 編者 宮田敬一

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