訳者あとがき

 本書は,原題を『Crisis Intervention Book 2(危機介入 2巻)』といい,「ブリーフ・セラピーのための実践家用資料集」という副題がついている。初版は1965年に発行され,何度もの改訂をへて1999年に新版された,その翻訳である。
 全体は16章からなり,危機介入が適用されうる多くの領域(たとえば「慢性精神障害者への介入」「死の近い患者と家族への介入」「大学生への短期危機志向セラピー」など)が取り扱われているが,全部を訳出すれば原稿用紙で1,000枚余にもなろうという量である。そこでパートⅠ《危機介入の理論と技法について》として「危機介入:入門編」(一部省略),パートⅡ《臨床への応用》として「心的外傷後ストレス症候群再考」に加えて,昨今問題になっている女性に対する暴力領域に焦点をあてた章,パートⅢ《予防的介入》からは2つの章を入れ,全体を8章にまとめた。
 私が本書を訳出したいと考えた動機は,「はじめに」で述べられている編著者の,回復や治療に対する基本的姿勢である。それは端的に言うと,「伝統的治療方法や技法からの離脱」であり,「個人治療の排他的孤立性の回避」である。このような実践のために,多様かつ折衷的技法の使用が助言され,多職種との学際的な相互交流アプローチの活用が示唆される。そして何よりも,施設ケアではなく地域社会におけるサポートシステムの利用という,「共生社会」の理念が具現化されていることである。特にこの視座の強調は,専門家対非専門家という二項対立的な思考が破棄されているのみならず,「正常」対「異常」の通説に加担しない柔軟なスタンスも読み取れる。換言すれば,精神的破綻は誰にとっても起こりうることであり,これは,特定の状況において非専門家の,専門家を超えうる援助貢献の可能性を意味すると考えてよい。
 このような基本姿勢をもつ危機介入は,「問題」の発症をストレス理論(ストレスからくる精神の不均衡状態)として考えようとすることを基底にしている。「伝統的」心理療法で絶えず強調されてきた生活史や育てられ方(親との関係)を探索するよりも,「今ここで」問題化されている事柄とそれらに関わるストレス源に焦点をあて,いわば問題を「解決する」ことが重視される。多技法の使用はそのためにこそあり,これは同時にカウンセラー側に柔軟な発想を求めることでもある。
 なるほど考えてみれば,人が「変容」することの意味内容や期待水準を前もってお互いに確認しないまま,援助を始めることは安易であろう。その点本書は,「深い」変化――こんな表現が可能として――を目標にしていないことがよくわかる。もっともこのようには発想していないというほうが正しいだろう。
 危機介入における第2の特徴は,面接回数を短期(ないしは限定的)に絞っていることである。私たちは,カウンセラー側が主導的になることを絶えず恐れてきた。短い期間や,はじめからの時間限定では,どちらの側にもプレッシャーがかかると予測し,その結果,冗長な面接期間をもつ傾向を否めないできた。しかしクライエントに「沿う」ことは,彼女の意志や感情の流れのままにカウンセリングを進めるということとは違うのではないだろうか。この意味で危機介入の過程でつとに強調されるのは,クライエント側とカウンセラー側の,頻繁な,しかし丁寧な合意形成であり,いついかなる時でもクライエントの決定が尊重されている。
 本書での短期療法の意味は,別の問題としてアメリカにおける健康保険制度が深く関わっている。これは,面接期間やセラピーの効果について,昨今保険会社が面接料の支払いを渋る(“managed care”)傾向を反映し,カウンセラーには,短期間でよりよい効果をあげることが強く求められるのである。各章の終わりのほうに,考え方や実践の効果評価に関する言及があるのは,そのせいでもある
 本書は,短期間の面接がコスト上優位であり,また長期や終わりを決めない面接と変わらないか,よりよい効果があがる,と断言している。時間制限をすることにより,クライエント,カウンセラー双方に動機付けが高まる,と追記されてもいる。
 本書にはたくさんのケースが出てくる。はじめから終結までの詳しい経過が書かれたものがないのは(簡略化されたものはある)残念だが,その時々の主題にそって登場するクライエントのエピソードは興味深くまたとても参考になる。
 女性に対する暴力防止の1つとして,2001年の秋「DV防止法」が作られ,各都道府県での取り組みが始まっている。被害者が少しずつ相談の扉をノックし始めているようだが,具体的援助(社会資源)の不足や関連機関のネットワーキングの未整備のみならず,援助者の姿勢や援助技術も様々でありまた不十分のようだ。一部には二次被害が起きているという残念な事態も伝聞する。
 DV被害者に対する相談窓口に,公立(財団・私立)女性(男女共同参画)センターがなっているところが多いが,このようなセンターは一般相談業務もしており,DV問題以外のたくさんの相談者が来所していると聞く。電話相談にはほとんど繋がらない,面接は長い順番待ち,さして根拠なく面接回数を最大限10回と限定しているといった実情を知るにつれ,このような施設における相談の意義・意味をあらためて再考する時期に立ち至っていると思われる。換言すれば,なるべく効果的にたくさんの利用者を援助できる面接技法の改善・改良である。
 短期危機介入の技法を熟知するには,すでに習熟したものとは別に研修の機会をもつ必要にもかられるだろう。時間もかかる。簡潔にしてかつ効果的というのはむしろ容易ではない。そうであっても,ある期間,医療・福祉・教育・女性問題相談などの現場において相談員の経験をお持ちの方の不満(の一部)に対しては,本書がよい助言や励ましになることを信じている。
……(後略)

2003年5月 河野貴代美