「まえがき」より

 この20年間というもの,いくつかの重要な臨床的,理論的,経験的知見が自己愛人格障害narcissistic personality disorder(NPD)の概念に影響を及ぼしてきた。1970年代を通じて,NPDに対する二つの異なった理論的立場と臨床的接近法―一つはKernbergに代表される対象関係学派による自我心理学的視点,もう一つはKohutに代表される自己心理学的視点―が発展し,これが,病的自己愛の本質とNPDの定義と治療に関する世界的規模の膨大な議論の火つけ役になった。1980年に発表されたDSM-Ⅲ(APA, 1980)にNPDが記述されたことで,しだいにNPDと病的自己愛の特徴に関するより体系的な研究が行われるようになった。これら諸研究の結果,多くの特異な鑑別診断上の問題が分類されたのと同時に,診断基準の変更が提案されてきた。それらはまた,NPDの診断的位置づけを問い直し,長期持続的な人格障害としての構成妥当性に疑義を申し立ててきた。NPDの臨床的および記述的な焦点が,自己愛の病理の主に顕在的徴候から潜在的な徴候へと移っていったことは,新たな精神力動的定式化の契機となり,最近ではNPDには2種類の臨床型があることが示唆されるようになった。その一つは,明らかな誇大的願望や尊大さ,権利意識,そして搾取的な行動を見せるタイプであり,DSM-Ⅳの公式基準(APA, 1994)に示されているような現象型である。もう一つはこれと等質の性格的障害ではあるが,より敏感で内気,抑制的で傷つきやすく,羞恥心が強く,社会的に引きこもりがちな行動を表しやすいタイプである。
 NPD患者に対する精神分析以外の方法による治療技法が発展してきたために,精神分析の領域を超えた新しい理論形成が促され,それ以前に述べられていた以上の高い変化可能性や治療可能性について指摘されるようになった。それに加えて,臨床的探求は別の姿で現れてくる自己愛の精神病理にも及び,病的自己愛が量的な側面dimensional aspectを持つこと,すなわち他の病態や障害にも現れたり,それらと相互に影響しあうということが指摘されている。
 本書の力は,自己愛とNPDの分野における最近までの発展を更新し,臨床的に分析するために,長い間にわたって続けられたいくつもの努力の賜である。1987年と1990年にEric Plakunにより提案されたAPAの年次総会での二つのシンポジウム(「自己愛に関する新たな展望」と「90年代における自己愛」),また彼が編集した自己愛に関する書物(Plakun, 1990)はいずれも,NPDに関する精神分析理論と経験的な精神医学的および心理学的研究との間にある裂け目に架橋しようとの試みであった。
 『北米臨床精神医学Psychiatric Clinics of North America』誌で,Otto Kernberg(1989)が客員編集したNPDに関する特集号では,経験的研究から得られた知見が,当時戦わされていたNPDと自己愛に関する理論的,診断的論争に結びつけられている。1992年のAPA年次総会で私は,「自己愛人格障害の妥当性」と題した別のシンポジウムを主催した。そこでは,NPDの新しい診断概念と構成妥当性に関する最新の経験的研究からの知見,そして鑑別診断が議論された。同様の影響を与えたのは,DSM-Ⅳの第Ⅱ軸に関する作業委員会の仕事であり,そこで初めて,NPDの有用な診断基準作成をめざす各委員の判断の参考資料として,経験的研究から得られた知見が活用されたのである(Gunderson, et al., 1991)。
 こうした多くの試みを継続させ,さらに,進歩の世紀という歴史的文脈において,最新の経験的知見,診断上の臨床的観察所見,治療の進歩を本書において紡ぎ合わせようとすることは当然である。本書の四つのパート(訳注:本訳書では第4部は割愛)は,自己愛と自己愛障害に関連する発達論的領域を考察し,発展したことやその影響の推移とそれらの主要な相違点を指摘し,臨床的・経験的研究をさらに推し進めるための疑問点を提起する試みを反映したものである。各パートには,編者による序文が付されており,特別の理論上の原理や不一致点,診断的および接近技法上の相違,そして適切な情報を得るための経験的方法の選択と,そうして得られた情報が現在も継続されている臨床的・理論的論議とどのように関連しているかなどに,スポットライトをあてている。