「訳者あとがき」より

 本書は,Elsa F. Ronningstam編集のDisorders of Narcissism−Diagnostic, Clinical, and Empirical Implication−. American Psychiatric Press, Inc., Washington, DC(1997)の第Ⅰ部から第Ⅲ部まで(1章〜14章)の全訳である。原著には,今後の自己愛研究において重要となるであろうテーマについて記述した第Ⅳ部に四つの章が含まれているが,原著全体で500ページに近い分量のため,本訳書では割愛し,編者による各章紹介のみ訳出した。
 目次を一瞥してわかるとおり,本書は,米国精神分析学界の錚々たる著者たちが筆を連ねた論文集である。自己愛の病理に関しては,本邦でもすでに,Masterson J.F.によるモノグラフ(1981)やO.F. Kernberg,H. Kohut,J.G. Gundersonらによる多数の論文や著書が翻訳紹介されている。本書では,多くの研究者によって自己愛の理論が組み立てられ発展していった歴史をJanet,Freudの時代から説き起こしコンパクトに鳥瞰した上で,個人精神分析という治療技法のみならず,集中的精神医学的治療環境における包括的治療,力動的集団精神療法,認知療法,カップル治療などについても章を割き,臨床例をあげてわかりやすい記述が試みられている。自我心理学の伝統とコフートの自己心理学を基礎にしながらも,理論的偏りを排し臨床的実用性を高めることを企図した総合性が本書の最大の特長といえるだろう。
 本訳書公刊にあたり,編者Ronningstam博士と交わした通信によると,博士はスウェーデン出身の臨床心理学者であり,Umea卒業後,Stockholm大学で臨床心理学の学位を取得している。85年に渡米して,Harvard大学医学部付属McLean病院臨床心理部門のリサーチフェローを皮切りに,精力的に臨床・研究活動を続け,96年には現職である同医学部精神科の臨床心理部門の助教授に就いている。豊富な臨床経験と臨床教育の実績を持ち,人格障害の診断と力動的精神療法に関する多くの研究業績がある。いうまでもなく,自己愛の精神病理に関しては,人格障害のみならず,正常な人々における自己愛の様態から精神病圏の病態におけるその病理の種々相に至るまで幅広い考察を展開している。日本語版公刊にあたり新たに記述してくれた序文には,興味深い比較文化的考察が含まれている。
 翻ってわが国における自己愛に関する考察は,本訳書への序において編者が指摘しているように,日本の文化依存症候群とされてきた対人恐怖症をめぐって深められてきたという歴史がある。これらの研究の系譜の発端としては,ルース・ベネディクトの『菊と刀』(1946)に触発された比較文化的研究,土居健郎による一連の「甘え」研究(1971〜)などがあげられるだろう。「罪」や「恥」をめぐるこのような考察は,「図々しく傲慢な自己愛障害」とは表向き対照的な表情を見せる「繊細で過敏な潜在型自己愛障害」の理解と密接に結びつくものであり,自己愛障害のこのような二つの様態の描写が,本書前半部のハイライトとなっている。しかし,訳者は,自身の臨床経験と照合しながら本書を読み進むうちに,わが国においても,従来の対人恐怖症の基礎にあるような,いわば奥ゆかしく気弱な自己愛障害よりも西欧型のあからさまな自己愛の歪みを示す患者がすでに優勢となっているのではないかとの感を抱くに至った。すなわち,訳者の現在の関心領域で言うと,日本でも急増傾向の認められる解離性障害,とくに解離性同一性障害(DID)の一部には,原家族における持続的な心的外傷後に発展しながら,肥大した自己愛を結実させるタイプが存在するように思われ,これらのいわば現代型DID患者は,古典型DIDと比べて,外傷体験の開示閾値がきわめて低く,初診時から深刻な外傷体験を自己陳述し,しばしばインターネット・コミュニケーションに慣れ親しみ,バーチャルな特有の仲間集団を形成しやすい特徴がある。こうした患者をはじめとして,現代日本の青年期患者の有する自己愛の病態としては,上述のような対人恐怖症患者に見られるような隠された誇大的自己愛とは対照的な,むしろあからさまな自己愛障害という表現形が増えつつあるという印象がもたれるのである。このような臨床的実感は,本書の臨床即応的価値を強調したい理由の一つにもなっている。
 それにしても,本書のどの章においても,その端正な理論の展開,症例に基づいた実際的な臨床的指針の提示にもかかわらず,自己愛患者を描写するのに繰り出されているきつい言葉の氾濫には驚かされる。例えば原書第4章の91頁(本書92〜93頁)を見ると,unprincipled(無節操な),arrogant(倣岸な),indifference to the welfare of others(他者の安寧への無関心),fraudulent and intimidating social manner(欺瞞的で社会の礼節をおびやかす),frank prevarications(あからさまな逃げ口上),unscrupulous(無遠慮な),amoral(道徳心に欠けた),deceptive(詐欺的),disloyal(不実の),exploitive(搾取的な),vindictive(悪意に満ちた),contemptuous(侮蔑的),vengeful gratification(報復を果たすことによる満足),charlatan(いかさま師)……等々,これでもかというくらい,かれらをこき下ろす形容詞がちりばめられている。精神療法面接の中では決して治療者の口にされることのないこうした言葉の洪水は,未熟な治療者の個人的な逆転移というよりも,自己愛患者とのストレスフルな治療関係をくぐり抜けた治療者には必要とも言える感情処理の現れの一型と理解すべきかもしれない。
……(後略)
2003年8月31日 冷夏の終わりに

訳者を代表して 佐野信也