「日本語版への序文1」より

 このハンドブック日本語版の序文を書くように小牧元医師から依頼されましたことは大変名誉なことです。小牧医師は日本の摂食障害領域でのパイオニアであるばかりでなくその国際的評価も築き上げています。
30年前に私がはじめて患者を診た当時は,文化が摂食障害発症の要因とは確定していませんでした。摂食障害発症の 危険因子として文化的要因を追求し展開することに,恐れを感じずにはいられませんでした(Garner et al., 1980; Garner & Garfinkel, 1980)。文化が一つの役割を果たしているということは今ではすでに確立していますが,そのありさまは複雑です。東洋でも西洋でも摂食障害が増加しているのは,社会の現代化,ジェンダーにリンクした機会と制約,ならびに美しさの規準としてやせを強調するマスメディアにあるとされています。しかし,摂食障害は,その文化の中で,ある特定の時点ではダイエットすることに関して強調するレベルが異なり,時とともに変化するかもしれないという証拠が存在しているのです。
 20年前,西側文化ではCasper(1983)が,Anorexia Nervosaの発症動機として,体重減少を目的とした「禁欲主義的動機」がより一般的なものだった以前に比較して,「やせ願望」がその動機としてより顕著になってきたことを示唆しました。同じ頃,Russel(1997,ならびに本書を参照)は,ダイエットするようにという女性への文化的圧力が原因で,やせのないAnorexia Nervosa患者において,むちゃ食いがより一般的になった点に注目しました。それと同様の展開が,アジアで起こっているようです。20年前,末松ら(1985)は,日本においては多くのAnorexia Nervosa患者に「肥満恐怖」の徴候は見あたらないことを独自に着目しました。しかしながら,今では,小牧医師(2003)は他の報告(中村ら,2000)に付け加えて,過去50年間にわたってAnorexia Nervosaは着実に増加していると指摘しています。さらに最近の日本での研究によると,Bulimia Nervosa患者はアメリカの患者と同様にEating Disorder Inventory(EDI)のやせ願望が同じレベルであると示唆しています(瀧井ら,2002)。実際,日本は,20世紀後半においてヨーロッパやアメリカ合衆国以外で摂食障害がよく知られている唯一の国であると報告されています(Gordon, 2001)。こうした日本での摂食障害人口の上昇傾向は,重大な国民一般の健康管理上の問題を引き起こし続けるでありましょう。
 他のアジアの国々では,摂食障害の展開はより以前のところにあるかもしれません。Leeと彼の同僚たち(1993)は,EDIのやせ願望の得点がより低いものの他のスケールでより精神病理を示す「肥満恐怖のない」一連の中国人の患者を報告しました。より最近の研究によりますと,これらの患者群はより過食が少なく,転帰はより良い中間的な経過とのことであります(Lee et al., 2003))。これらの「非典型的」患者たちは,ダイエットややせが女性の精神にそれほどしっかりと染み込むようになる以前の,前世紀に報告された「古典的な」患者により類似する要因によって,動機づけられている可能性があります。臨床水準および臨床水準下の摂食障害の発症における民族や文化の役割は,理論上からもまた実際上からも,非常に興味を引くところです。
 このハンドブックの日本語翻訳によって,その大半が西欧諸国で展開されてきた治療法が,日本の文化に適合するかを臨床家が批判的に評価されるようになることが理想です。摂食障害に対する西洋的考え方を日本の文化に適応させるということには,重要な理論的理由があるのです。治療に対して一般に用いられているアプローチを形作るある種の心理的概念は,西洋のイデオロギー的視点に深く根ざしており,東洋の文化というレンズを通しての詳細な調査が必要であることが示唆されています(Rothbaum et al., 2000)。家族システム理論での“絡み合いと過保護”や精神分析理論における“分離と個体化”,それにアタッチメント理論の自律性のゴールは,一般的に西側では重要視されていますが,日本では意味するところが異なっているかもしれません。同じことが感情表現,情動の開放,ならびに自己主張を奨励する介入にも言えるでしょう。
 メディア,コミュニケーションまた商業のグローバリゼーションは,東西の文化の収斂をもたらし,科学やテクノロジー,また医療の進歩を共有することにより,両文化はともに豊かになってきています。文化の独自性の浸食が,これらによってもたらされる恩恵以上に大きくならないことを願うばかりです。日本がマクドナルドやハリウッドの流行物から受けた恩恵以上に,西欧はより多く寿司とアニメの影響を受けてきています。しかしながら,医学と精神療法の分野では,明らかに共通の恩恵があるのです。東洋も西洋も両者とも長い間,医学に対する東洋と西洋のアプローチを統合することによる共通の恩恵を受けてきています。その例として,精神療法における西洋の心理的認識論(認知行動療法がその一番良い例であるが)と東洋の瞑想法との結合(例えば,弁証法的行動療法やうつ病に対する「気づき」の瞑想に基づく認知療法[Mindfulness-Based Cognitive Therapy])があります。小牧医師によるこのハンドブックの翻訳が,より広い範囲の治療オプションを提供して日本の臨床家を助け,それにより患者ケアの質を向上させる,というのが私のこころからの希望であります。
(文献略)

デイビッド・M・ガーナー,Ph.D.
摂食障害アカデミー・フェロー
リバーセンター・クリニックおよび摂食障害プログラム部長
ボウリンググリーン州立大学非常勤教授
トレド大学(女性学)非常勤教授