「編者まえがき」より

 トラウマとジェンダーの交差する領域は,広くかつ深い。どちらも日本では比較的新しいテーマであり,その理論化は現在進行中で,構築と脱構築を繰り返しているところだ。足場が固まっていない2つのテーマをクロスさせて考えることには,独特の困難さがつきまとう。けれども,ゆらぎ続けることを一旦覚悟すれば,2つのゆれが共振しあったり反発しあったりするさまに何かを見出し,思考や実践を少しずつ変容させていく快楽もそこには見出せる。
 「トラウマ」と「ジェンダー」という2つのカタカナ言葉。概念としては新しいとしても,どちらも人間の精神の核となる部分におそらく先史時代から組み込まれ,人々の行動に深く影響をおよぼしてきた。「トラウマ」や「ジェンダー」という言葉は使われていなかったとしても,精神医学や心理学,哲学や文学,人類学や社会学などにおいて繰り返しとりあげられてきたテーマでもある。したがって2つの交差する地点で再検討すべき理論もさまざまな分野にわたり,果てしない作業になる。
 本書ではその膨大な作業のまず端緒として,トラウマをめぐる精神医学や心理学の臨床にジェンダーの視点を導入することに最大の重点をおいた。トラウマ臨床は現在急速に広まりつつあるが,まだ枠組みがきちんとできあがる前の可塑的な段階にあるからこそ,トラウマを負った人たちへの良質なケアにつながる内容にしたかったからである。また,トラウマ臨床の現場で起きていることの精緻な観察とその言語化というステップを踏まずに,次の作業,たとえば中途半端なトラウマ理論とジェンダー理論の折衷,に向かうのは危険だからでもある。トラウマ臨床において観察される現象は,既存の知識の枠にはめ込むことのできない,想像の範疇を越えた,あまりにも複雑で奥深いものである。
 こうしたことから,各論では臨床能力の高い人たちに執筆を依頼した。厳密には臨床の場では働いていない執筆者もいるが,その場合でも「臨床的センスのある人」という意味では例外でない。また,トラウマについては一番の専門家とも言えるサバイバー(かつサポーターでもあるが)にも1章書いてもらった。さらに,臨床現場にトラウマとジェンダーの視点を取り入れることで私たちがクライエントの何を見ようとし,どのような働きかけをし,どのようなことに気を配っているかを,事例検討で明らかにするようにした。精神科臨床の深奥を極め,近年はトラウマについての論考も多い中井久夫氏(Hermanの『心的外傷と回復』の翻訳者でもある)には特別にインタビューに応えていただいた。
 結果的にはトラウマとジェンダーが重なる問題として,DV(ドメスティック・バイオレンス)と性暴力,児童虐待の事例が本書では多く議論されている。自然災害や事故などではなく,対人的なトラウマ,それも親密な関係における長期反復的なトラウマに焦点があたるのは,ジェンダーを扱う限り当然といえば当然であるが,これらは社会的にも対応に危急を要するテーマでもあるといえよう。
 私自身は,医療人類学・文化精神医学を専門領域とする社会科学研究者であり,かつ精神科医でもある。精神科臨床では性暴力やDVの被害者と接することが多いが,現在は臨床に費やす時間は週1回と限られている。ただ,このようなどっちつかずの場所にいるからこそ,できることも多いと考えている。
 トラウマは,身体と心の接点,生物学的なしくみと社会的なしくみの交差する境界にある。ジェンダーやセクシュアリティだけでなく,最新の脳科学の知識,犯罪や暴力の起こる社会的要因の分析,実存的な問いへの哲学的観点,スピリチュアルな世界への関心,昇華に向けての文学や詩学・表象芸術,社会正義回復への法的倫理的アプローチなど,あらゆるものがトラウマからの回復には必要になってくる。しかし現在,学問の専門化が進み,それらの領域間の溝は深い。精神医学においてはジェンダーもトラウマもまだまだ関心が薄い。人文・社会科学系のトラウマをめぐる論考には優れたものもあるが,被害者のリアリティからかけはなれた言葉遊びも残念ながら少なくない。ジェンダー研究においても暴力への注目はあるものの,トラウマについての理解が十分深められているとは言えない。
 私がめざしているのは,理系と文系の間,臨床医学と人文・社会科学の間,トラウマ研究とジェンダー研究の間の翻訳のようなものかもしれない(宮地尚子:学問のクレオール―もしくは亡き友への手紙―.一橋論叢 127(4);116-135, 2002.)。臨床と社会科学の間で宙ぶらりんになり,トラウマとジェンダーの交差する地点に立ちすくみ,男と女の間にある(はずの?)深い溝にはまりながらも,各執筆者のおかげで,本書ではその基盤をつくることができた。
 そういうわけで,本書が主に想定している読者は,精神医学・心理学の臨床家ということになる。けれども,トラウマやジェンダーに関心をもっている人文・社会科学系の専門家や一般の読者の人たちにも,興味深い内容となっていることを願う。本書がささやかながらも,こういったさまざまな方向(彷徨?)へのひとつの踏み石として,読者の方々に役立てば幸いである。