「あとがき」より

 本書は,精神障害のなかでも主に統合失調症をもつ方々に対する過渡的な住居サービスに関して,実践的な体験と技術をまとめたものである。
 1988年精神保健法改正で,ようやくわが国でも精神障害者の社会復帰施設が認められるようになり,10年余を経た現在では,日本型の各種住居サービスも,数は不十分ながら相当数が日々活動を進めている。しかし,その実態はなかなか共有されず,その場の苦労と技術も集大成されていない現状である。本書はわが国における精神障害者の住居サービスにおいて,何ができて,何が限界なのか,また何をなすべきなのか,その技術的内容を問うたはじめての成書である。
 本書では,1988年以前から工夫を重ねてきた「はらから」や「やどかりの里」,精神保健法改正後の初期に活動を始めた「けやき荘」や「越路ハイム」,医療機関として「東京武蔵野病院」,地域では「みなとネット21」,比較としてイギリスとアメリカ合衆国の経験について,この時代を代表した実践活動が紹介され,工夫された考え方や技術が散りばめられている。
 住居サービスは,生活全体を対象とする総合的な活動であると同時に,その地域状況や設立母体,利用対象者や職員の特徴などに大きく左右される個別的な活動でもある。そのために,住居サービス全体として同一の理念や共通の枠組み,ワンパターンの過程や確実な技術といったものに至りにくい。本書の題名である「ガイドブック」に対して,踏襲すればよい定まったやり方という期待を抱いたとすると誤解である。自分の現場で,自分たちの利用対象者とともに,意義ある活動を創造するための,考え方や態度の「ガイドブック」として本書を理解していただければ幸いである。
 豊かな知識や技能を得るべきはユーザー自身であると思えば,本書はむしろ,ユーザーとの学習会に教科書として用いていただけるのではないだろうか。最終的には自立生活に踏み出す人々にとって,過渡的な住居サービスは,社会生活に向けた準備訓練のための学校という機能が期待される。
 また,「宿泊訓練」という題名に対して,軍隊における規律訓練,古典的な精神病院におけるしつけ療法などを連想するとしたら誤解である。長期の施設入所者や青年期以前からの療養者にとって,社会で自立した生活を過ごすための知識と技能をあらためて学び直す機会が必要なのである。さらに,認知行動障害にともなう学習障害を後遺症にもった人々にとって,学び直す際にわずかな支援と工夫が必要なのである。こうした活動を本書では「訓練」と呼んでいるが,コーチングやトレーニング,あるいは「教育」と呼び替えてもよいと思っている。リハビリテーション活動を運営する者にとってもっとも重視すべきは,利用者自身が主体的に学ぼうとする場と機会を,いかに提供するかという工夫と努力であろう。
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 精神障害をもつ人々に対する住居サービスの歴史について,要点を紹介しておく。
 18世紀からほぼ200年間に収容所と化した精神病院群を縮小して,精神障害者が街で暮らせるように模索しはじめたのは,先進諸国では1950年代であり,ピークは1970年代である。この第一段階では,住居サービスとは脱施設化と同義であり,実際的には保護的な中間施設を意味していた。今でも参考となる先進的な試みも生まれたが,多くは医療がないだけの新たな収容所ができたにすぎなかった。
 アメリカ合衆国では1977年から地域支援計画(CSP)が実行に移され,多様な住居サービスが出現し,ケースマネジメントの方法が導入された。1980年代には「直線的連続体(linear continum)」モデルが住居サービスの目標となった。これは,機能の回復に応じて,より制限も少ないが支援も少ない施設に移行して,最終的に自立生活を達成するという戦略である。実際には,利用者が移動したがらないし,適切な施設に空きができないといった理由で,専門家の思う通りにはいかなかった。
 1980年代後半には,普通の住居に住む状態を支援するという「援助付き住居(supported housing)」の発想と実践が開始された。1987年にアメリカ合衆国精神保健研究所は,援助付き住居プログラムを想定した新たなガイドラインを設定し,1988年には公正住居法が改正されて,住居の購入や借入において人種や障害を理由にした差別が許されなくなった。
 Ridgway, P.(1990)による住居サービスのパラダイムシフトとは次のようなものである。①宿泊訓練ではなく住居を提供すべき,②処遇することではなく選択の機会を提供すべき,③プログラムの利用者ではなく一般市民としての役割を期待すべき,④コントロールの主体は職員ではなく利用者自身であるべき,⑤障害が同質の集団ではなく社会的統合を目指すべき,⑥移行的体制よりも永続的体制で支援すべき,⑦規定されたサービスよりも個別的で柔軟なサービスであるべき,⑧制限が少ない環境というよりも最良の機能が発揮できる環境を提供すべき,と整理している。
 現在の先進諸国における住居サービスはこの援助付き住居に集中している。唯一脱施設化に遅れたわが国では,精神病院からの退院促進と地域生活支援を強化するために,住居サービスは成果を左右する重大な領域である。そのわりに,いまだ実践も増えないし報告も低調である。人員も補助金も他の障害と格差がある貧困さでは積極的な活動を展開しにくいのである。実は,住居サービスが総合的であるだけ,行政上の担当区分が縦割りになっていることが障壁となっている。医療,保健,福祉のどの領域にも重なるし,住宅政策など生活全般にかかわっているために,責任の所在が不明確であるばかりか,改善のためには横断的な調整を要することになる。
 この流れから予想されることは,過渡的な住居サービスは数よりも質が求められ,永続的な住居の数を増やさなければならない。とまれ,「この病にかかりたる不幸よりも,この邦に生まれたる不幸」とならないためには,先進国に学び,総合的な政策を求めていく必要があろう。
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 本書が出版に至るまでは難産であった。初稿をいただいて早いものではすでに5年の月日が流れている。個別的な実践報告から,もう一歩理論化するための年月であったと理解したい。もちろんデータは最新のものに改められている。それにしても,住居サービス領域においてこの間にも適切な成書が1冊も出現しなかった点に,いささか以上の淋しい思いと前途の多難さを感じる。
 私自身は,1990年に開設された埼玉県立精神保健総合センター社会復帰部門に設置された精神障害者生活訓練施設(援護寮)「けやき荘」において,開設当初から都合8年間嘱託医を務めた。すべての利用希望者に医師として面接し,入所決定のための面接と退所前の面接を行い,担当職員と対象者のリハビリテーションについて議論を重ねた。共編者の齋藤氏とはそこでも同僚であった。
 当時,利用者は長期入院中で身寄りもないまま社会復帰を目指そうとする人々で,平均在院期間は100カ月程度であった。それまでの主治医を変更することなく,能力向上に焦点をあてたリハビリテーションを引き受けた。1年間の援護寮利用の結果,約7割の方々は何らかの形で社会生活に踏み出すことができた。現在の対象者は,家族関係の問題を抱えたり,若年発症の事例であったりと多様化しているという。過渡的な住居サービスは,時期や地域の資源状況によって対象者も変化し,求められる機能や技術も変化せざるを得ないところに,ガイドラインや成書にまとめることがしにくい理由があろう。
 あらためて全編を読み直してみると,それぞれ現場は異なっていても,利用者が地域で普通の生活を送れるようになるための工夫と努力という意味で一貫していることが確認できた。利用者の深い悲しみと感動的な言動,職員の見事な発想と苦労などが,全国の住居サービス現場で共感を呼ぶことと信じている。また,本書を機に住居サービスにかかわる体験と技術交流の場が設定されることを期待している。
……(後略)

野中 猛