「あとがき」より

 私がACTのことを知ってから,それほど長い年月が経っているわけではありません。1997年に,留学で英国のInstitute of PsychiatryのLeff教授のもとを訪れてからまもなくして,教授の推薦で“Social Psychiatry Module”と呼ばれるInstituteのゼミに参加することになりました。今でも英語の苦手な私ですが,その頃はまだ渡英したばかりで言葉の不自由さはなおのことでした。何回目の講義であったか定かではありませんが,現在地域精神保健の分野で国際的に知られているThornicroft教授の話を必死になって聞き取ろうとする自分がいました。その時に講義資料として渡されたのが,1980年の「Archives of General Psychiatry 37巻」に掲載されたSteinらの研究報告3部作でした。
 また,翌年にイタリアで開かれたある研究集会に参加した折り,1990年前後のバーミンガムで,Steinの試みに影響を受けて地域精神保健の取り組みを行ったDean先生にお会いできたことも幸運でした。それからしばらくして,当時私が住んでいたロンドンのフラットに,彼女の編集した『Community Mental Health Care』という本が送られてきたのです。SteinやHoultらが共著となっているこの本の中に,在宅治療サービス(hometreatment service)の実践についてDean先生が書いた章があり,夢中になって読んだ覚えがあります。そして,「閉鎖病棟開放化に貢献した諸先輩方と同じくらいのエネルギーを,これからは,急性期でも地域で支えられるシステムを作ることに注ぐ時代となったのだ」と感じました。
 さらにその頃,京都府職員の英国視察研修が予定されていました。府のベテランの精神保健相談員である金子和夫さんと連絡をとり,当時英国でもっとも革新的な地域精神保健システムを立ち上げた北バーミンガムへ,2人で見学に行く機会を作ることができました。
 Thornicroft教授の講義,Dean先生との出会い,金子さんとご一緒した北バーミンガム・システムの見学,これらの偶然が重ならなければ,今私はACTに関係する仕事をしていなかったかもしれません。
 正直に言えば,北バーミンガムで私がもっとも衝撃を受けたことは,「これまでのサービスであれば閉鎖病棟への入院を余儀なくされていた人たちを,頻回の訪問により在宅で支える」急性期在宅治療サービスに関してでした。当時の英国では,そのモデルとしてSteinやHoultの取り組みが紹介されていました。しかしおもしろいことに,慢性期の重症精神障害者への積極的訪問サービスのモデルもSteinとHoultの実践でした。つまり,オリジナルのACTプログラムが機能分化し,対象者を急性期と慢性期の重症精神障害者に分けた経緯があるので,2つのプログラムのモデルが同一だったということなのです。それからの私の頭の中には,「ACTのオリジナルプログラム=英国の急性期在宅治療サービス+慢性期の重症精神障害者への積極的訪問サービス」という図式ができあがりました。そのような流れで,ACTは私の関心の一部に取り込まれたわけです。そのような私なりの理解で言えば,本書では基本的に,英国の急性期在宅治療サービスの上位概念である米国のACTモデルを中心に記載を行っています。

 次に,この本の構成について簡単にふれておきたいと思います。
 第1章は,ACTの基本的なことについて,主にAllnessらの『The PACT Model of Community-based Treatment for Persons with Severe and Persistent Mental Illness : A manual for PACT start-up』と,米国の「実証的根拠に基づく実践」(evidence-based practice)普及プロジェクトで使用されている『Assertive Community Treatment Implementation Resource Kit Draft Version』を参考に,私なりの理解を加えながら解説したものです。
 第2章は,ACT発祥の地である米国,Steinらの試みに注目して早い時期からACTを地域システムに採り入れたオーストラリア,コミュニティチームの機能分化の中でACTモデルを活用してきた英国の状況について,それぞれの国の脱施設化の過程でACTが導入されるに至った経緯や,実践されているプログラムの特徴に焦点を当てて紹介しました。
 第3章は,私たちの国でACTを採り入れたシステムを構築するにあたって,配慮しなければならない事項や課題について整理し,平成15年度から開始された国立精神・神経センター国府台地区でのパイロット研究についても簡潔に記載を行いました。ACT-Jの臨床実践の詳細は,国府台の研究・臨床チームの皆さんと協力して,数年以内に『ACTマニュアル』のような形で報告できればと考えています。
 第4章では,フィクション仕立てで「あるACTチーム・ケースマネジャーの1週間」を紹介しました。ここに出てくるケースマネジャーや利用者はまったく架空の人物で,チーム活動の基盤となる地域精神保健システムや制度も,米国と日本の現状から若干の乖離がみられることは事実です。しかし,第1章の内容が少しでも身近なものとなるように,また立体的・多面的な理解が得られるようにと願って,あえて仮想のACTチームを描いてみました。
 第5章は,ACT関連のセミナーなどでしばしば質問を受ける事項について,私見ではありますが,Q&Aの形でまとめさせていただきました。
 本書は,私なりにACTに関して囓ってきたことを整理するとともに,それに対するいくつかの想いを綴ったものに過ぎません。別の方がまとめれば,別の整理と想いが浮かび上がってくるのでしょう。私自身の力量不足はお詫びしつつ,しかし,この本に目を通された1人でも多くの方が,ACTの魅力を知り,将来の日本でACTの実践に関わることを願わずにはいられません。
……(後略)

2004年3月3日 国府台にて  西尾雅明