はじめに

 心理援助に関する本は,これまで多く出版されています。しかし,そのほとんどは,心理援助のための理論や技法,あるいは具体的な手続きを扱っているだけです。有効な活動ができる援助専門職になるための教育訓練過程で生じる問題に焦点を当てた本,あるいは他者を援助する際に援助者自身が課題として取り組まなければならない自らの人間的側面に焦点を当てた本はまったくといってよいほどありませんでした。そこで,私たちは,そのような事柄をテーマとした書物の執筆を思い立ちました。執筆に際しては,ヒューマンサービスの活動に関心をもつ学生,およびそのような活動を実際に始めたばかりの初心の実践家を読者として想定しました。具体的には,臨床心理学,カウンセリング,ソーシャルワークなどを専門とする学生や実践家です。
 したがって,本書は,心理援助の技能,そしてカウンセリングの理論と実践を学ぶ際に活用できるテキストとなっています。幸い本書は広く世の中に受け入れられ,第3版を数えるところとなりました。本書の第1版と第2版は,実習,現場研修,インターンシップのためのテキストとしてだけでなく,カウンセリングなどヒューマンサービスの入門書としても好評を得てきました。このことからも,本書がいかに心理援助の専門職になるための優れたテキストとして広く世の中に認められてきたかがうかがえます。
 私たちは,本書において援助者が抱える苦しみ,不安,不確かさに焦点を当てます。また,援助専門職に課せられる責務についても詳しくみていきます。援助者は,専門的な責務を果たす中で負担や緊張を感じることがあります。それが援助サービスを提供する際にどのような影響を与えるのかについても考えていきます。まず手始めに,なぜ心理援助の専門職を目指すのかという動機をテーマとする議論から本題に入ります。読者の皆さんには,援助専門職になりたいという,自らの欲求を正直な気持ちで見直してほしいと思います。そして,援助専門職に就くことによって一体何を得ようとしているかを真剣に考えてほしいと思います。
 学生は,往々にして,与えられる事柄を受動的に学ぶように躾られているものです。しかし,私たちは,学生の皆さんには自らが学ぶ教育訓練課程に積極的に取り組むことを強く望みます。例えば,担当事例のスーパービジョンからできるだけ多くのことを学ぶ姿勢をもつだけでなく,事例を担当することになる実習の場を選択する段階から積極的に関わるようにしてほしいのです。そのために,私たちは,本書において皆さんが現場実習やスーパービジョンの経験の質を向上させるための具体的手段を説明するつもりです。
 さらに,本書では,援助過程の各段階を概観します。それぞれの段階における課題を遂行するのに必要な技能と知識を紹介しつつ援助過程を解説します。その際,技法の上達に主眼を置くのではなく,有効な援助を可能にする援助者の資質に焦点を当てます。援助専門職は,クライエントに自らの行動の見直しを求め,それを通して自己理解を深めるように促します。したがって,援助者自身も,クライエントに求めるのと同様に自分自身のあり方に目を向けるべきでしょう。そのような理由から,私たちは,読者の皆さんにも自分自身を見直してほしいと考えています。自己理解を欠く援助者は,クライエントの変化を援助するのではなく,逆にその変化の過程を邪魔する危険性があります。特に援助者自身が直面するのを避けてきたのと同種の問題にクライエントが取り組んでいる場合には,その危険性が高まります。
 初心者であれベテランであれ,心理援助の活動に携わる者は誰でも,抵抗,転移,逆転移,扱い難いクライエントといったテーマに共通して対処しなければなりません。また,倫理的問題に関する意識を高め,専門的な心理援助活動においては避けがたい倫理的ジレンマを解決する術を身につけなければなりません。これらは,援助専門職であれば誰もが直面する課題です。私たちは,現在議論の対象となっている倫理的問題を複数,本書の中で取り上げます。倫理的な問題に関する判断形成は,非常に複雑な作業を要します。読者の皆さんには,本書で例示した問題に取り組むことを通して,その複雑な過程に対処できる感性を学んでほしいと思っています。
 私たちはまた,援助専門職が抱く信念体系も検討します。援助者は,実にさまざまな信念や想定をもって実践に臨みます。その中には実践に役立つものもあれば,悪影響を及ぼすものもあります。この点に関連して価値観は,クライエントと援助者の関係の要を構成するものとなっています。そこで本書では,価値観が援助過程に与える影響の分析を重要なテーマとして取り上げます。その際,援助者の課題は,自らの価値観をクライエントに押しつけることではなく,クライエント自身が自らの価値体系を確認していくのを援助することであるとの,私たちの見解を提示します。
 以上が本書の内容です。コミュニティにおいて援助専門職が果たすべき役割,集団を通しての援助過程とその意義,生まれ育った家族における体験の重要性,幼少期の人間関係が後の関係に及ぼす影響,援助専門職従事者の人生の過ごし方,特に人生の移行期への対処法,その時々に巡り合うクライエントの危機への対処法などについては,本書の姉妹編である『心理援助の専門職として働くために――臨床心理士・カウンセラー・PSWの実践テキスト――』(近刊)で扱うことにしました。また,姉妹編では,援助専門職に従事することによるストレスや燃え尽き症候群,さらに人間として,あるいは専門職としての活力をどのようにして保つのかといった点についても言及します。
 これら2冊は,援助専門職に就くことを考えている学生であれば誰もが参考にできる本です。ただし,私たちはカウンセリングを自らの専門としているので,本書の中には特にカウンセラーとしての考え方や取り組み方が織り込まれていると思います。したがって,カウンセリングを通して人間援助に携わろうとする方には,特に有益な本になると思います。私たちは,できる限り個人的に読者に語りかけるように本書をまとめました。著者としては,本書が読者の皆さんの考え方や行動を少しでも発展させるための刺激になればと願っています。そのために,それぞれの章の最後に皆さんの学習を促進するための課題を載せました。自らの学習目標に近づくための手段のひとつとして利用していただければ幸いです。

マリアン・コーリィMarianne Schneider Corey
ジェラルド・コーリィGerald Corey