監訳者あとがき

 私が本書の原書に出会ったのは,第3版出版の翌年である1999年に遡る。1995年からスクールカウンセリング制度が試験的に公立中学に導入されるなど,当時は,日本においても臨床心理学への社会的注目が増してきた時期であった。それにともなって大学院における臨床心理学の教育訓練カリキュラムの充実が強く求められるようになっていた。しかし,日本の臨床心理学は,各学派を中心に発展してきていたために臨床心理学全体の共通基礎となるカリキュラムとは何かという議論がなされないままになっていた。
 本書37頁にあるように米国では,大学院博士レベルの教育訓練課程を前提とする援助専門職の学問として臨床心理学,カウンセリング心理学,臨床社会福祉学,カウンセラー教育学の4種がある。しかし,日本では,唯一臨床心理学が大学院(それも修士レベル!)の教育訓練課程を前提とする援助専門職の学問であった(現在でも,この状況は基本的には変わっていない)。したがって,心理援助の専門職の教育訓練という点で臨床心理学は,とても重要な役割を担っていた。しかし,その臨床心理学にあっても,上述したように各学派単位でしかものを考えられず,臨床心理学,あるいは心理援助専門職の統一的な教育訓練課程をどのようにしたらよいのかという発想をもてないでいた。
 そこで,私は,臨床心理学が発展している欧米の教育訓練の状況を調査することにし,1999年の夏にボストンを訪れ,ハーバード大学やボストン大学の関係者から話を聴いた。そのときにハーバード大学医学部付属病院に勤務していた堀越勝さんとあゆみさんにお会いした。米国の大学院で教育訓練を受けたお二人に臨床心理学の教育訓練の共通基礎を教えるのに適したテキストについて尋ねたところ,即座に紹介されたのが本書の原書である。お二人は,大学院の授業で原書をテキストに教育訓練を受け,それがたいへん役立ったということを具体的に説明された。(お二人が米国の大学院で原書を用いてどのような教育を受けたかについては,本書の姉妹書(後述)で詳しく解説されるので,そちらを参照ください。)
 そのときに原書をざっと読み,これは日本の状況にも適していると直観できたので,その翌年,私の大学院演習で本書の輪読をした。授業に参加した学生からもたいへん評判がよかったので,金剛出版編集部にご相談し,翻訳することで合意した。翻訳の作業としては,まず私の研究室に所属していた下記のメンバーが各章の下訳を作成し,研究会で何度か読み合わせをした。それを,当時米国にいた堀越勝さんとあゆみさんにお送りし,お二人が原書に照らして訳のチェックと文章の修正を行った。さらに,私がお二人の訳を読み,監訳として日本の臨床心理学の状況および日本語としての自然さを考慮して文章全体の再構成を行った。

……(中略)……

 なお,原書は370ページを越えるものであり,翻訳に際しては1冊に収めきれなかった。そこで,原書を前半と後半に分け,前半を本書で訳出した。後半部分は『心理援助の専門職として働くために――臨床心理士・カウンセラー・PSWの実践テキスト――』という題名で,本書の姉妹書として同じく金剛出版より近刊予定である。本書に相当する原書の前半部分は,援助専門職となる際の個人的心構えを中心に記載されている。それに対して後半部分は,社会的な場面における援助専門職の役割や課題が記載されており,より専門的な内容となっている。本書を読まれた皆さんは,姉妹書も併せて読まれることをお薦めする。

2004年2月 下山晴彦