あとがき

青木省三

 本書は、心理療法とは何か。治療的なものとは何か。人はどのようにして変わることができるのか。治療や援助を行う人に求められているものは何か……。というようなことを特定の理論や学派にとらわれることなく考えようとした、いくらかかしこまっていうと、「心理療法の本質」というものを考えようとしたものである。
 心理療法というと、面接室で行う一対一の、主として言葉を媒体とする治療をイメージしやすい。確かに、そのような治療が心理療法のひとつの形ではあると思う。しかし、現実に、病いや苦しみを抱えた人が回復する契機という点から考えてみると、人は面接室の一対一の治療によって治るというよりも、それ以外のものやことによって治っている場合も少なくないのではないかと思う。さらにいえば、一対一の心理療法が実りあるものになるためには、現実の生活に充分に目を配ることが大切であるし、また面接室以外でのさまざまな営みも広く心理療法と考えた方がよいのではないかと考えている。少なくとも心理療法というものを考える時、面接室の一対一の関係を主とするものから、クライエントの現実生活や日常生活を直接、間接に援助することを主とするものまで、幅広く心理療法ととらえた方がよいのではないかと思う。
 すなわち、治療的な要因や契機となるものは、面接室内にも、面接室外――現実生活や日常生活の中にも幅広くあり、それらをすべて生かすものとして心理療法をとらえた方がよいのではないか。何気ない時の何気ない人の一言、道端の花がふと目にとまりきれいだと感じること、寒い日の一杯のみそ汁をおいしいと感じること……、転機となるものはしばしばドラマチックなものではなく、ささやかで平凡なものである。
 たとえば、相談にやってくるという過程をみても、相談にやってくる道中も心理療法であり、相談室の受付の応対も心理療法であり、待合室の会話も心理療法であり、面接室の中も心理療法であり、帰り際に職員がかける言葉もそれぞれが心理療法であり、それらを含めた全体もまた心理療法であると考えるのである。
 そんな思いが、本書を編集するひとつの契機となった。村瀬嘉代子氏の述べるようにさまざまなものが心理療法の可能性を秘めており、また、さまざまなものの統合として心理療法はある。その趣旨をご理解いただき執筆していただいた先生方に心よりお礼申し上げたい。本書が心理療法における治療的なるもののイメージを少しでも広げ、読者の臨床にいくらかでも示唆を与えるものになることをこころより願っている。