「はじめに」より

 本書は,心理援助の専門活動に関わる人々のための短期認知行動療法の入門書です。具体的には,臨床心理士やカウンセラーを目指して訓練を受けている人,あるいはすでに現場で実践活動に携わりつつも,さらに短期のカウンセリングや心理療法について学び,自らの専門性を高めたいと望んでいる人を読者として想定しています。同様に本書が,精神科医,看護師,保健師,ケアマネジャーなどの援助専門職にある人や,そうした専門職の教育訓練を担当する人にとっても役立つものであることを望んでいます。いずれにしろ,本書は,限られた時間の中で心理援助の仕事をしている人にとって特に役立つ内容となっています。
現在,心理援助活動を利用する人々の声を反映して,短期心理療法が時代の流れとなってきています。このような流れの中で認知行動療法に関心をもつ心理援助専門職が増えてきています。しかし,心理援助の活動に従事する人々の多くは,限られた時間枠の中で活動をしているのにもかかわらず,短期療法の訓練を正式に受けたことがないというのが実態です。さらに,短期療法についての専門書を読んだこともないという人も数多くいます。そこで,私たちは,このような時代の要請に応えるために,短期の認知行動療法を理解するための,わかりやすい解説書を書くことにしました。
本書は,まず第1章で短期療法を紹介し,短期認知行動療法の基本的な考え方を提示します。次の第2章では,それを受けて認知行動療法の基本的枠組みを概説します。読者は,第2章の解説を通して,認知行動療法の世界に導かれます。本書では認知行動療法の実際を例示するために面接での会話を引用しますが,読者は,ここでクライエントのトムに出会うことになります。読者は,本書を読み進めていくなかで,トムをはじめとするクライエントとセラピストとの対話に触れ,それを通して認知行動療法の枠組みを体験していくことになります。
第3章では,アセスメントをテーマとします。ここでは,短期認知行動療法のアセスメントについてのガイドラインを解説します。認知行動療法では,特にアセスメントの重要性を強調します。そして,そのアセスメントを前提として,第4章で解説する介入の初期段階に進みます。介入の初期段階では,セラピストによって介入目標が設定されるとともに,認知的概念化によってクライエントの問題が明らかにされます。第4章では,この介入目標の設定とクライエント問題に焦点を当てることで,介入の初期段階の作業を詳しく解説します。セラピストによって設定される目標とクライエントの問題の認知的概念化は,初期段階だけでなく,介入の全過程を通して維持されるものとなります。中期段階に入るとさまざまな技法や手続きが用いられるようになります。第5章では,このような認知行動療法の技法や手続きを中心に中期段階の作業を解説します。介入が終結段階に至ると,セラピストは,問題解決に取り組む責任をクライエント自身に委ねていきます。第6章では,クライエント自身が自らのセラピストとなるというテーマを中心に終結段階の作業を解説します。
短期認知行動療法では,さまざまな方略や技法が活用されます。第7章では,前章まで取り上げられなかった方略や技法を整理して示します。第8章では,認知行動療法と併用して用いられることのある催眠法を解説します。そこでは,不適切な思い込みを適切な考え方に再構成した事例の面接における対話の抜粋を例示します。第9章では,パニック障害や外傷後ストレス障害(PTSD)をはじめとするさまざまな心理障害,さらに自殺念慮に対応する介入プロトコルを示します。

本書で使われている用語について

本書では,特定な意図をもって人称代名詞の性別を区別して用いるということはありません。「彼」「彼女」といった表現は,ランダムに使われています。また,本書では,「クライエント」という用語を,心理療法を受ける人という一般的な意味で用いています。引用文献の中には「患者」という語を用いているものもありますが,「クライエント」はこの「患者」とも同義として用いています。クライエントや患者といった語の使用に反対し,「利用者」(user)や「消費者」(consumer)といった語の使用を主張する人々がいることは承知しています。しかし,本書では,読者にとってのわかりやすさを考慮して「クライエント」という語を使用することにしました。「セラピスト」という用語は,「臨床心理士」「心理療法家」「カウンセラー」「実践家」といった意味で用います。心理援助の専門職の呼称については,さまざまな議論があります(James and Palmer, 1996参照)。しかし,本書では,あえてそのような議論には踏み込まないことにしました。この他,本書では,「認知療法」や「認知行動的療法」(cognitive behavioral therapy)という語よりも,「認知行動療法」(cognitive behavior therapy)という語を優先して用いることにしました。また,「認知的概念化」と「事例の概念化」と「認知的定式化」(cognitive formulation)は,互換性のあるものとして使用しています。
クライエントの状態を記述する際の言葉使いについては,(限界はあるにしても)できる限り一貫性をもたせるように努力しました。第1章で論じているように短期療法では,なるべく「欠陥」,「弱点」,「病理」といった否定的側面に焦点を当てないようにしています。そのような理由から,本書では,クライエントの思考や思い込みを表現する際の形容詞として「機能的な」「非機能的な」「健全な」「不健全な」「合理的な」「非合理的な」という語を用いずに,「適切な」「不適切な」という語を用いるようにしました。これは,クライエントが置かれた苦境に否定的な烙印を押してしまわないためです。むしろ,「適切」「不適切」という語を用いることで,クライエントが追い込まれている苦しい事態を通常の状態と位置づけて対処していくことを重視しました。例えば,「適切な」考え方は,短期的目標であっても長期的目標であっても,その人が目標を達成したり,現実と目標との間でバランスをとったりするために必要な思考のあり方を示しています。同様に,「認知の歪み」「ねじれた思考」(Burns, 1989)といった表現よりも,「思考の誤り」という語を用いるようにしました。というのは,「誤り」という語には,私たち誰もが完全ではなく,誤り得る人間である(第5章参照)という意味が含まれているからです。その点で「思考の誤り」という語は,通常の経験の一部とみなすことができます。このように本書では,病理性よりも日常性を尊重する視点を重視しています。