まえがき:本書の読み方・使い方

 心の病気の治療法には,薬物を用いる方法と,精神療法を始めとするその他の治療技法があります。臨床の場面では, 多くの場合,これらの治療法を併用して治療を行っています。薬物療法は1950年代のクロルプロマジン(ウインタミン,コントミン)の発売以来,めざましく発展し,抗精神病薬,抗うつ薬,抗不安薬,睡眠薬,向知薬などの薬剤が次々と登場してきました。最近では,脳内物質やその受容体を治療のターゲットとして新薬が開発されています。うつ病に役立つ抗うつ薬の選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI),統合失調症の患者さんの意欲を高める非定型抗精神病薬,脳内物質のアセチルコリンに効く向知薬のドネペジル(アリセプト)などです。この他,ハーブのエキス剤も市販され,海外では医薬品として用いられています。
 フロイトが精神分析療法を始めて以来,ここ100年で薬物を用いない治療法も数多く開発されています。精神療法,音楽療法,自律訓練法,リラクセーションなどです。日本で開発された森田療法も神経症の治療に役立っています。数十年前から,心の病気と認知の問題が研究されるようになりました。ここから生まれた治療法が,認知行動療法や社会的技能訓練(SST)などです。このほか,統合失調症や痴呆の患者さんのためのデイケアが治療に用いられています。
 これらの多くの治療薬や治療法をどのような心の病気にどう用いたらよいのかを,治療を行う時には是非とも知っておく必要があります。また,病気には,発病直後の急性期,病気の回復期,症状が消えた後の再発予防の時期がありますが,病気のどの時期にどの治療法をどう組み合わせて治療していったらよいのかも理解していないと適切な治療は行えません。この本では,読者の方々がよく出会う,うつ病,統合失調症,パニック障害,強迫性障害,境界性人格障害,摂食障害,痴呆,不眠症についての治療法を解説しました。これらの病気について,脳内物質,認知,性格の3つの面から診断し,それぞれのウイークポイントに効果のある治療法を,どの時期に,どう組み合わせて用いたら有効であるかを説明しました。各病気の治療手順については各章の初めに図を用いて流れを示しましたので,これを見ながら本文を読んで理解を深めて下さい。
 また,この本では,これらの治療法を読者の方々が理解しやすいように,脳内物質に効くもの,認知に効くもの,性格に効くものに分類してあります。脳内物質に効果のある治療法は薬物療法やハーブ療法など,認知パターンの改善に役立つものは認知行動療法,森田療法,社会的技能訓練(SST)など,性格の偏りによって起こる不安を改善するものは精神療法,音楽療法,デイケア,アニマルセラピー,自律訓練法,リラクセーション,温泉療法などです。それぞれの治療法については,どのような病気に効果があるのかを章をもうけて丁寧に説明しました。
 精神科治療薬については,抗精神病薬,抗うつ薬,抗不安薬,向知薬,睡眠薬,漢方薬について解説し,これらの薬剤については,巻末に一覧表を付記しました。最近では,市販のハーブを服用している方も多いので,ハーブ療法とアロマセラピーについても説明しました。最後に精神科や心療内科でよく用いられる用語と略語について解説した用語集を付記しましたので,必要な時に役立てて下さい。
 本文中ゴシック体と*印で示した用語は,「より理解を深めるための用語集」(p.210〜237)に解説してありますので参照してください。
 この本は,精神科医や内科などの臨床医,研修医,看護師や保健師,臨床心理士や医療ソーシャルワーカー,精神科医療や高齢者医療に携わっている方々,患者さんや家族の方々などを対象に書いてあります。この本を執筆するにあたり,お世話になった金剛出版の立石正信氏に深く感謝の意を表するとともに,この本が読者の方々のお役に立てればと願っています。

2005年3月   中河原通夫
久保田正春