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監訳者あとがきに代えて──「臨床の語用論」

 本書はInsoo Kim BergとTherese Steinerによる“Childrenユs Solution Work”(W.W.Norton & Company, 2003)の全訳である。
 本書を訳し終えての印象は,まず,学術的な意味で,とてもいい著書であるということである。ソリューション・フォーカスト・アプローチ自体については1986年に監訳者が紹介したド・シェイザーらの重要な論文「短期療法──解決の構成主義」以来,今や翻訳書の数も決して少なくはないが,本書はその中でも,重要な位置をしめるものになると思う。本書の最大の特色は,子どもが得意とする言語,つまり直感的なイメージや身体言語を使用してソリューション・フォーカスト・アプローチを遂行する際の工夫がたくさん盛り込まれていることである。
 邦題は当初,内容を端的に示すもの,例えば「子どものための語用論」や「子どものための治療言語」,また,より一般的に「子どものためのSFA──解決志向療法」としようか等々と迷ったが,結局,原題をそのまま生かすことに落ち着いた。
 著者らの目的は「言語の使用について,大人ほどは長けていないはずの,子どもたちにSFAを適用する際の注意点」では決してない。翻訳に際し,この辺りは著者の一人,テレサと話し合って注意した。が,不用意にも,ついそんな発言をしてしまっていると感じるところもないわけではない。これは言語の発生に関するベイトソンの知見にも,またSFAスピリットにも反するはずである。ベイトソンはブリーフセラピー出発の先駆的な理論家の一人になった,本書に散見するポストモダン思想の牽引者である。
 本書の意図は,私たちが,もともと得意とする言語,つまり直感的なイメージや身体言語を,そのまま使用してソリューション・フォーカスト・アプローチを遂行する際の工夫である。直感的な言語から成人の話し言葉や書き言葉へと発達させるという図式ではなく,直感的な言語や身体言語をむしろ成人以降においても,いわゆる「芸術」として,ますます洗練させてきているのが人類の歴史である。ポストモダン思想の旗手であるベイトソンはそう考える。そう考えることで私たち臨床心理学領域の対人援助手段もぐっと広がる可能性がある。たとえば携帯電話などのデジタル機器によるいわゆる「メール」通信で,その考えが,ぴったりすることを私たちの基礎的研究では確認している。わかりやすいところでは,例えば文字メッセージに添付する絵文字・顔文字・音楽・動画等の機能がそれである。それは単なる添付以上の機能をもつ。
 本書は,著者の一人,テレサ・スタイナーがベテランの児童精神科医であり,彼女がインスー・キム・バーグに出会って以来の様々の工夫に満ちている。第6章に,いわばその一覧と解説が示されるが,彼女が使用に熟している伝統的な手法を解決志向の文脈で使えるように実験と工夫の時間を多く要したと思われるものが少なくない。そして,それらは,まだまだ今後の発展の可能性を予感させるものに満ちている。
 かつてフロイトが成人を相手に創始した精神分析を,娘のアンナ・フロイトやメラニー・クラインが児童に適応しようとしたときに,あそびや,絵画,サンドプレイ等を用いた。そのことが精神分析理論自体に,新たな展開をもたらすことになる。そこから対象関係論や自我の発達に関して新しい知見が多く出てきたのである。手段が目的に対して予想外の展開をもたらした。
 本書の翻訳の主動機は,この分野で,精神分析学と同じような展開を期待してのことである。著者の一人インスーの出自であるMRIのワツラウイック博士が最初に唱えた「治療言語」。それも精神分析学が言語の「意味論」に視点を当てざるを得ないのに対して,我々は「語用論」である,「プラグマティックス」である。フォーカスすべきは,ことばの意味でなく,ウイークランドがいう,ことばの行動への「影響の側面」である。本書を注意して読むとその点がよく出ている。
 ド・シェイザーの近著に『解決志向の言語学』があるが,その点から眺めると,本書は,極めて多くの素材を提供してくれている。2002年の来日時にテレサと話しあって,かつて本書に展開された,子どもに有効な治療言語を,彼女のネイティブな言語であるドイツ語を間に入れて「セラピューティック・キンディッシュ・ランゲージ」と呼ぼうとしたこともある。
 本書の縦糸になるソリューション・フォーカスト・アプローチ,略してSFA。それは1986年に東北大で開催された第3回家族心理学会で初めて紹介された。この大会にSFAの開発者であるド・シェイザー,バーグ夫妻が初めて公式招待されたのである。この訳書が出版される2005年の新春はその最初の招聘から20年目を迎えることになる。
 この間のSFAのわが国を含む各国での広がり方には大きなものがあった。それは昨年,邦訳出版したイボンヌ・ドランとインスーの編集になる『解決の物語』をみればその一端が知られる。そこでは監訳者らの工夫である「ソリューション・バンク」も紹介されている。SFAを個人や家族を超えた,社会システムを対象として展開したものである。
 本書は1986年以来ほぼ毎年わが国で開催してきたこのアプローチのワークショップの際に,著者らから訳者らに贈られたが,著者の一人であるインスーは,訳者らがノンバーバルなSFAの展開に興味を持ち,国際学会でも発表してきたのをよく知っていて,テレサを紹介した。カバーにワークショップ後の食事会で撮った写真のひとこまを掲げておいた。著者のお二人と本書で使用されるパペット人形も写されていて雰囲気が少しでも伝わらないだろうか。
……(後略)

訳者を代表して   長谷川啓三


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