刊行によせて

 日本にお招きを受け,そこで残してきた私の仕事がまとめられて本になると聞き大変光栄に思います。この本が,日本に対するそして日本の仲間の皆さんに対する私の深い尊敬と愛情を伝えてくれるものと願っています。
 私が最初に日本を訪れたのは1950年の夏の終わり,韓国へ向かう途中でした。そのときはたった2日間の滞在でしたが,東京の街を数時間ぶらぶらするうちに日本の文化と人々の優しさに深く印象づけられたのです。その後も1960年代に4〜5回日本に立ち寄りました。それは平和部隊(Peace Corp)に所属していた関係で,いくつかの南アジアの国々で行っていたプロジェクトの査定評価をするために目的地に向かう途中に日本に一日二日立ち寄ったものでした。日本に立ち寄るたびに,その国と人々に対する私の好奇心は増していきました。
 1992年に日本に招かれてロールシャッハ・テストについて講義をすることになったときは,改めて日本やその伝統について学ぶ機会が得られたと思いました。それは私にとってとてもすばらしい経験でした。多くの仲間と交流することができたこともですが,私が専門家としての人生のほとんどの時間を費やしてきたこのテストについて,もっと学び,すっかり学び取りたいという皆様のやる気満々な姿に強く印象づけられたからです。このときには,東京以外の町に出かけることもできて,ますます日本の先祖伝来の遺産や伝統についてもっと知りたいと思うようになりました。
 その後,日本の歴史や文化について書物を読んでいろいろなことを知りました。書物に鼓舞されて学ぶ意欲をかきたてられ,1992年以降も何回か日本を訪問する機会に恵まれましたが,そのたびに少しずつ日本についての理解を深めることができました。日本語を読むことにもチャレンジしてみましたが成功しませんでした。いくつか漢字を書けるのがせいぜいです。
 1994年に日本に新しくロールシャッハの学会が設立されることになって,日本について学びたいという私の動機はさらに高くなりました。包括システムによる日本ロールシャッハ学会はどんどん成長し,ロールシャッハに関連するほかの人たちにも次第に影響を及ぼしていくのを見ることができたのは名誉なことでした。この学会から出てくるリサーチの質の高さにも感銘を受けます。日本の私の同僚の誠実さがよくあらわれていると嬉しく思います。
 今でも,日本にもっと長く滞在して日本語を学び,日本魂を知り,日本の研究者とひざを交えて交流し研究を進められたらどんなにいいかと空想することがあります。しかし,私の年齢がそれを許しません。ですから,包括システムによる日本ロールシャッハ学会の10周年記念を心からお祝いし,その10周年記念企画にこのように私の仕事をまとめてくださったことに深く感謝して,ますますの発展を精一杯お祈りすることにいたします。日本についての読んだ書物の中に「七福神」というのがありました。七福神が,貴学会を暖かく見守ってくれますように。

2005年3月 With warm regards   John E. Exner, Jr.