まえがき

 私は1996年に統合失調症の犯罪病理の研究を一冊の本にした(『分裂病犯罪研究』,金剛出版)。本書はその後の論考を中心に,司法精神医学及びその周辺のテーマについてまとめたものである。
 私が本書の上梓を思い立った背景にはこの数年の国内での動きがある。
 2003年7月に触法精神障害者に対する施策の要として,いわゆる心神喪失者等医療観察法が公布された。またこれに先だつ2000年4月には従来の禁治産に代わる新しい成年後見制度がスタートした。立法に刺激されて精神医学界でも法律問題の重要性が再認識されている。
 こうした気運から,日本の司法精神医学が今や発展の緒につき,欧米並みの水準に近づこうとしていると期待する声が聞かれる。
 しかし,成年後見制度はともかくとして,医療観察法の制定の慌ただしい経緯を振り返るとき,私はそれほど楽観的にはなれない。本質の掘り下げが不十分で,専門家も手薄なところに,対策の技術論ばかりが先行しているように思われるからである。
 司法精神医学の原点は〈精神障害と犯罪〉という,ともすればタブー視される問題に真正面から向き合うことにある。残念ながら日本の精神医学はこの20年ほど,これを回避してきた。姿勢が根本から変わらなければ,司法精神医学が研究と実践の独自な分野として確立されることは望めない。
 いささか挑戦的な物言いとなってしまったが,司法精神医学をライフワークとしてきた立場から見ると,最近の風向きの変わりようがどこまで深く根を下ろしたものなのか,懐疑的にならざるを得ない。
 2001年6月に発生した池田小学校での児童殺傷事件を発火点として対策の具体化が一気に加速した。関係諸団体がこぞって賛成や反対の声明を出し,政治や一般世論を巻き込む議論が高まったが,その渦中で著した論考を本書第Ⅰ部に収載した。最初のものは事件直後の雑誌『中央公論』の特集で,2番目のものは翌2002年5月の日本刑法学会大会で,3番目のものは2004年3月の雑誌『ジュリスト』の特集で発表した。
立法が決着をみて実施を目前に控えた今,これらの内容は時期遅れにうつるかも知れない。しかし,華々しかった論議が法案の国会通過を機に潮が引くように鎮まり,施策が既定事実として受け入れられている現在,出発点に戻って考えることは無駄ではないと思う。筆者は以前から触法精神障害者の専門治療システムの必要性を主張し,今般の制度化の動きに対しては〈批判しつつコミットする〉というスタンスを堅持してきた。批判的意見が今後の法律の運用,さらには将来の見直しに貢献することを期待し,あえて本書の冒頭に置いた。
 精神鑑定では実にさまざまな事例に出会う。本書の第Ⅱ部では興味ある犯罪病理を取り上げ,鑑定例を素材にして論じた。
 司法精神医学と言うと,刑事精神鑑定,とりわけ責任能力の問題がクローズアップされる傾向がある。第Ⅲ部は,重要でありながら余り注目されないテーマである訴訟能力の鑑定及び新しい成年後見の鑑定に関する論考を含めた。
 精神鑑定での経験が診断学,症候学に寄与できる領域の一つは薬物精神障害である。また近年のトピックスである多重人格(解離性同一性障害)も,その病理が刑事司法の場で拡大されて現れる。これらについての論考を第Ⅳ部と第Ⅴ部に収め,最後に〈狂気と悪〉という永遠のテーマを人格障害に絡ませて論じた。
 内容に目を通して,中田修東京医科歯科大学名誉教授を初め,先達の業績に多くを負っていることをあらためて実感した。専門家の数が限られたとはいえ,日本の司法精神医学は軽んずることのできない資産を残している。本書が僅かでもそれに付け加えることができれば幸いである。
……(後略)

2005年4月 花吹雪舞う,つくば研究学園都市にて 中谷陽二