厨房裏話―後書きにかえて

 一日の仕事が終わる頃,なぜ私はこんなふうに多国籍メニューを用意するのだろうと考えることがある。そんなときは決まって,後かたづけをしながらこれまでの料理遍歴を思い出す。
 研修医時代,精神科医は投薬と外見と人柄で仕事をする,そう聞かされた。本気にした私は,薬物療法を教わるかたわら長髪にしてみた。問題は人柄だった。だが,いつしかそれも,先輩医師風の包み込むような雰囲気と癒しの目力が,なりきり努力で身についた気になっていた。
 研修期間が終了して,児童青年精神医学の道を選ぶことになった。それまでの患者さんは「自分を治して!」と訴えていたし,薬物治療もそこそこ手応えがあった。ところが新しい領域では,「自分を放っておいて!」という子どもと「(自分ではなく)子どもを治して!」と訴える親たちがほとんどで,おクスリはほとんど役に立たなかった。当然ながら,研修医時代のメッキもすぐにはがれた。しばらくは若さの勢いで走ったものの,それもほどなく枯渇する。ここでやっと,こんな定食ではプロのもてなしとは言えないことに気づいたのだった。
 ここから,私の料理遍歴が始まる。“ムンテラ”(伝統的精神療法?)や支持的精神療法を抜け出して,最初にはまったのはアドラー心理学だった。「家族に学んでもらう」,これが子育て支援にぴたっとはまった。悩める家族に,スタミナ満点の代替案を用意するところはまさに“中華”コースの趣で,これでもうどんな球でも打てる,正直,そう思った。
 アドラーで“コミュニケーション”に興味を持つと,その先に“システム論”との出会いが待っていた。“中華”の感動もそこそこに,私は家族療法の世界に入っていった。ここで体験した家族面接は,相手の言うことを半分くらい聞いて,残りは雰囲気を読み,とりあえず笑ってうなずきながら,なかばうわの空で次に言うことを頭で作文した英会話スクールの体験に似ていた。同時にいくつものチャンネルを開き,ユーモアの隠し味を効かせるこのコースは,まさにシャレた“欧風”コースだった。面接の実技を盗むために多彩(多才)な先達と知り合ったことが,このコースの最大の収穫となった。
 自然食料理は,家族療法の展開に息を切らしながらついて行くことで知った。何をやってもコテコテの私にナラティブアプローチは似合わなかったが,恩師大月三郎名誉教授の「臨床は生きる姿勢」に似た味が気に入って一応メニューに加えた。私にとっての自然食コースは,“中華”や“欧風”で味を付けすぎないようにという戒めの意味もあると思う。
 結局のところ,好奇心と移り気のせいで多国籍料理の店になったのだが,もう一つ,強迫的なサービス精神も否定できない。私の中には,臨床でも講義でも,足を運んでいただいたことに報いなければならないという強烈な思い込みがあって,単一メニューでは不安になってしまうのだ。
 今,売り上げが多いのは中華風スタミナ料理のように思うが,楽しく調理しているのは欧風創作料理である。この10年,背が伸びずに体重が増えたように,臨床の伸びはなかったかもしれないが幅は広がったと思う。実は性懲りもなく第四のコース料理を考えているという“ここだけの話”をして,裏話は終わりにしたい。

 最後に,お二人の方に心より感謝申し上げたい。まず多忙にもかかわらず,『家族の法則―親・教師・カウンセラーのための道標50』に続いて装丁と挿絵を引き受けてくれた団士郎氏に。彼は児童相談所における先輩臨床家であり優れた家族療法家である。そして,最高の友人でもある。彼の臨床は,私と対極の“京の匠の味”がする。だからこそ,私は彼に惹かれている。
……(後略)

2005年2月2日(娘の誕生日) 岡田隆介