訳者あとがき

 本書は,Walter, J.L. & Peller, J.E. 2000 Recreating Brief Therapy: Preferences and Possibilities New York: W.W.Norton の全訳である。
 この二人による著書としては,1992年にBecoming Solution-Focused in Brief TherapyがBrunner/Mazel社から出されており,本書は2冊目ということになる。前著はブリーフセラピーの中でも解決志向アプローチを紹介した入門書としてたいへん分かりやすく書かれており,翻訳したら役に立つだろうとぼんやり考えているうちに新しい本が出てしまった。読んでみると8年間にかなり大きな変化があったことが分かる。その経緯は本書の中でたっぷりと述べられているが,すでに前著執筆の段階で大きな変動の渦中にあったようであり,おそらく現在もまた日々何かが変わっていることだろう。本書も発刊からすでに5年が経過してしまっており,ぼやぼやしていると装いを新たに3冊目が出されてしまうのではないかと気が気ではなかった。

 本書の大きな特徴は,著者たち自身のブリーフセラピー遍歴が細かく紹介されていることであろう。それは非常に個人的なことであるようにみえて,実はブリーフセラピーの展開についての一つの見方を提示している。つまり,どのような反省からブリーフセラピーというものが出てきており,さらにどんな経験から新たなものの見方や発想が必要になってきたのかが明らかにされているのである。これによって私たちも,心理療法の歴史の中で自分がどのような位置に立っているのかを認識する手がかりを得ることができる。
 特に20世紀以降の心理療法の歴史を,それぞれの立場がどんな問いかけをしているかによって4段階に分けるという発想は斬新である(本書p.25〜)。前著では3段階であったがそれが発展して示されており,著者がこうした整理の仕方を大切にしていることがうかがえる。それは著者が主張する個人コンサルテーションにおいて質問ないし問いかけが重視されているのと軌を一にする。本書では5章から9章までが具体的な質問の仕方の紹介に当てられており,解決志向アプローチの伝統を踏まえてそれを発展させたものになっている。
 著者のブリーフセラピー遍歴のうちもっとも注目すべきなのは,解決志向アプローチに立っていた著者が,協働のアプローチ,リフレクティング・チーム,ナラティヴ・アプローチから何をどのような形で取り入れたか,という点であろう。解決志向アプローチに傾倒してきた私のような人間には,解決志向の側からみた展開の仕方をたどることができてたいへん参考になるし,解決志向の考え方から無理なく新たな方向を模索する手がかりが得られる,そういう本である。
 著者は解決志向アプローチのテキストと同じように具体的な質問や問いかけを示しているが,他方で,質問が仕事をするのではなくあくまで会話が大切なのだという姿勢を特に強調している。結果として生まれる会話ないし面接はさほど違わないのかもしれないが,その背景の考え方や姿勢,ことばが変わったのだ,というわけである。
 また,問題か解決かという二項的な思考の限界を指摘し,問題と言うより「関心事」と呼ぶべきものについては必要に応じて十分に扱わなければならないとする一方,問題の裏返しとして解決を考えるのは可能性を狭めるからと「願い」や「嗜好」といった概念を導入している。解決志向サイドからみた新展開とはこのような点であろう。
 こうして新しく導入されたことばは,これまでのことばに単に置き換えられるだけではない。「治療」が「個人コンサルテーション」に置き換えられることで,たとえばクライエントに対する敬意のありようが変化することになる。日本語版序文で,新しい言語,新しい語彙を提案することこそ本書の狙いである,とまで書かしめた著者の思いは,私たちにも強く訴えるものがある。

 さて,解決志向アプローチをきわめた先に現在の考え方を見出した著者の方法は,協働のアプローチ,リフレクティング・チーム,ナラティヴ・アプローチの立場からみるとどのように映るのであろうか。ごった煮であるとか不徹底であるといった批判があり得るのかもしれない。この点,著者の立場はかなりプラグマティックである。社会構成主義セラピーに共感はしているが,それはあくまでこの時代とそこに生きる人びとに合っているからに過ぎない,という考え方がうかがわれる。人が変われば援助も変わるという当然のことがそこにはある。
 著者の一人,ジョン・ウォルター氏には1度だけ直接お会いしたことがある。派手さはないがたいへん気さくな方であった。平成7(1995)年9月に東京渋谷で行われたワークショップでのことである。冒頭のワークはこんなものだった。「皆さんのご贔屓のチームが今まさに優勝したとします。みんなで歓声を上げ,共に喜びを分かち合ってみましょう!」 突然のことで指笛どころか声さえかすかにしか出ない私たちの前で,懸命にガッツポーズをしておられたシャイな姿を思い出す。その著者がクライエントに敬意を払いつつ会話を続けることをつきつめていったらこんな形になりました,というのを私たちに示してくれたのが本書なのである。

 翻訳について述べておこう。本書は噛んで含めるように諄々と,ときにはしつこいぐらいに説かれているので理解はさほど難しくない。ただし,新しい言語を導入するのを目標としているだけに,個々のことばには翻訳しづらいものが少なくなかった。
 たとえば,ingをつけられたさまざまな概念がある。languaging,goaling,storying,preferencingといった具合である。いずれも辞書には出ていない語法である。このうちlanguagingはすでに「言語する」という訳が繰り返し使われているのでそれを踏襲したが,奇っ怪な翻訳であることは否めない。ingの多用は,ゴールやストーリーといった静的で固定的な完成品ではなく,ゴールが作られていく過程,ストーリーが語られていく過程こそが大切であるという発想に由来する。それが伝わるように訳すことができたかどうか確信はもてない。preferenceやpreferencingも大いに悩んだが,いたずらにカタカナ語を増やすよりと考えて「嗜好」「嗜好語り」と訳した。また,reflectionは「反射」「照り返し」「リフレクション」などと訳されているが,ここでは「応え返し」とした。これもカタカナ言葉を増やすまいという意図あってのことであるが,読者諸賢のご批判・ご意見を頂戴できれば幸いである。
 ……(後略)

2005年6月 遠山宜哉