異色の書籍が上梓される。臨床心理士の資格を持つ方々が監修と編集された遺伝カウンセリング(遺伝相談とほぼ同義)関係の書物は類を見ない。筆者が序の執筆を求められた際の企画書には,「遺伝医療,とりわけ遺伝をめぐる外来相談領域に,心理士が参画する例が少しずつではあるが増えている。…(中略)…本書は,そうした遺伝相談,遺伝カウンセリングに対する心理臨床的なアプローチをまとめたものである。…(中略)…読者は,基本的には,遺伝のみならず医療領域での心理臨床活動に興味のある心理士,研究者,学生,そして遺伝医療にかかわる医師・看護士・ソシアルワーカーなどの医療者を想定するが,遺伝相談外来を利用する側である一般市民にもある程度分かる内容にする」となっている。
 わが国全体の科学技術を俯瞰し,各省より一段高い立場から,総合的・基本的な科学技術政策の企画立案及び総合調整を行なうことを目的として,2001年1月,内閣府に総合科学技術会議が設置された。第10回同会議(2001.9.21)において科学技術予算の戦略的重点化が取り纏められ,ライフサイエンス分野ではヒトゲノムの解読が完了しポストゲノム研究が重要領域の一つと明示された。ポストゲノム研究のキーワードの一つ,SNPs(ヒトの32億対のゲノム配列の中で千に一個の割合で一塩基が異なる多型)は疾患易罹患性や薬剤反応性に関わる遺伝子を探索する多型マーカーとして精力的に研究が推進されている。このように個人のゲノムの特異性が容易に同定されうる近い将来にあって,遺伝子医療情報の充実,遺伝子医療施設の整備と遺伝子医療に従事する人材の養成が急がれている。ヒトのSNPs情報を入手するためにはヒトゲノム・遺伝子解析研究が不可欠である。3省(文部科学省,厚生労働省,経済産業省)の「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(2001.3. 29・見直し2004.12.28告示)」には同研究の実施に当たって研究責任者が研究計画書に試料提供者に対する遺伝カウンセリングの必要性およびその体制を記載することが求められているし,試料等の提供が行われる機関の長は,必要に応じ,適切な遺伝カウンセリング体制の整備又は遺伝カウンセリングについての説明及びその適切な施設の紹介等により,提供者及びその家族又は血縁者が遺伝カウンセリングを受けられるよう配慮しなければならないとされる。同指針の用語の定義によれば遺伝カウンセリングは「遺伝医学に関する知識及びカウンセリングの技法を用いて,対話と情報提供を繰り返しながら,遺伝性疾患をめぐり生じ得る医学的又は心理的諸問題の解消又は緩和を目指し,支援し,又は援助することをいう」とされている。また遺伝カウンセリングの実施方法においては,「遺伝カウンセリングは,遺伝医学に関する十分な知識を有し,遺伝カウンセリングに習熟した医師,医療従事者等が協力して実施しなければならない」とされる。個人情報保護法の完全施行(2005年4月)に伴い,厚生労働省は「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」を定め告示(2004.12.24)した。その中で,遺伝情報を診療に活用する場合の取り扱いの項において「医療機関等が遺伝学的検査を行う場合には,臨床遺伝学の専門的知識を持つ者により,遺伝カウンセリングを実施するなど,本人および家族等の心理社会的支援を行う必要がある」とされた。経済産業省も「経済産業分野のうち個人遺伝情報を用いた事業分野における個人情報保護ガイドライン(案)」の中で個人遺伝情報取扱事業者は遺伝情報を開示しようとする場合には,医学的又は精神的な影響等を十分考慮し,必要に応じ,本人が遺伝カウンセリングを受けられるような体制を整えることを求められている。以上のように行政レベルで遺伝カウンセリングの重要性が指摘され実施が求められているが,本邦の遺伝カウンセリング体制の現状は必ずしも充実して十分であるとは言い難い。わが国の遺伝カウンセリングは今日まで医師が担当してきた。米国のように遺伝カウンセラー(2,307名)による遺伝カウンセリングは行なわれていない。筆者が主任研究者を務めた平成10年度〜平成16年度厚生労働科学研究が契機となり臨床遺伝専門医制度(平成14年4月1日発足・認定専門医総数:559名)が誕生した。また同研究の成果として平成17年度にはわが国で初の認定遺伝カウンセラー制度が発足し,10月には第1回の認定試験が実施される。
 3省指針の遺伝カウンセリングの定義に謳われている遺伝性疾患をめぐり生じ得る医学的又は心理的諸問題の解消又は緩和を臨床遺伝専門医と認定遺伝カウンセラーのみで支援又は援助できるとは考えられない。遺伝カウンセリングの実施者の医療従事者の中に臨床心理士が包含されるべきである。
 序文の筆を擱く寸前,「臨床心理士」と「医療心理師」の国家資格法案が国会に上程されると報道されたが,関係団体の現段階での法制化反対があり,再度調整のため法案提出は断念された。両資格の並存がネックと指摘されているが一本化に向けての調整が小田原評定にならぬことを願う。

2005年8月  古山 順一
(前遺伝カウンセリング学会理事長・兵庫医科大学名誉教授・関西看護専門学校学校長)