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あとがき

 本書の最初の校正刷が届いたのは,JR福知山線衝突脱線事故(平成17年4月25日)に際して開設された「こころの相談緊急電話」(日本精神衛生学会)が終了しかける直前のことであった。前日に届いた校正刷を鞄に入れたまま,夜6時〜9時という時間帯の電話相談に出かけ,その日,交代で電話を受けるはずの相棒が緊急事態でお休みとなり,私は一人で時間前に相談電話の前に座った。
 一人なので,もしも電話が鳴ったらと思うとトイレに立つのも気を遣ってしまう。トイレのドアを完全に閉めたら,電話の音が聞こえるかどうかとか,余計な心配がうごめく。電話をかけてくる相手はどんな気持ちだろう? 電話をかけようか,かけまいか,迷っているのかしら? どんな相手が電話に出るのか,心配しているかしら? たくさんの思いが頭をよぎる。何といっても,これは人と人の出会いなのである。自分のもてる力をフルに使って全力でやらなければ……。そんなとき,ふと,鞄に入っている校正刷の存在が頭に浮かんだ。「電話相談」の校正刷である。何か因縁を感じてしまう。

 村瀬嘉代子先生から,電話相談についての連載を行う予定なので手伝ってね,という内容のお話をいただいたのが,本書との出会いであった。なにせ,私は自他ともに認める電話相談の‘非’専門家なので,意外なお話であったが,お手伝いできることならとお返事をした。打ち合わせのために村瀬先生のご自宅にご招待を受け,お邪魔をしたのが一昔前のことのよう。実際には,平成14年8月9日の夜のことなのだが,たった3年前の出来事とは思えない。この3年間にどれだけ,たくさんの思いをしたのかと改めて思う。
 たくさんの思い──それはコーラーも私も──と共に,本書の校正刷は届いた。たとえば不安一つをとってみても,コーラーの側にだけあるものではない。冒頭の体験のように,電話相談員自身も,どんなに研鑽を積もうと不安がゼロという状態は考えられない。多くの電話相談員が日頃感じていたり,疑問に思っていたり,それこそ言葉にならない思いが山のようにあるだろう。そのごく一部であったとしても,本書のどこかでそれが語られており,読者の臨床に役立つとしたら,望外の幸せである。
 関わっている相談電話が各々違うのべ21人という心理臨床家が,電話相談について一度に考えるような国内の成書を,私は寡聞にして他に知らない。一見,地味なこの分野にとって,本書が出版されること自体に意義があるのではないかと思う。

……(後略) 

平成17年6月 梅雨の最中に 津川律子

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