まえがき

 わが国で,精神分裂病から統合失調症への呼称変更がなされて3年になろうとしている。医学領域だけでなく,世間一般でのこの言葉の定着の早さには目を引くものがあった。精神分裂病ほど種々の呼称を与えられ,また大きな呼称の変遷をみた疾患は類をみないであろう。
 精神分裂病概念を最初に定式化したドイツの精神医学者エミール・クレペリンにあって,当初,精神分裂病にあたる病像は「二次性衰弱状態」(1833)と記載され,あくまで二次性の障害と位置づけられていた。しかし,次第に,クレペリンは,とりわけ感情と意志面の「衰弱状態」こそ疾患の本態であると見据え,早発性痴呆(1896)という疾患名を導くに至った。
 興味深いことに,クレペリン自身,早発性痴呆の呼称が決して満足のいくものではないことを打ち明け,「できるだけ,特定の意味をもたない名前の方がよいかもしれない」と呼称問題にも関心を寄せている。
 病名告知の時代に入り,精神分裂病の呼称の検討がなされ,統合失調症の術語を用いることで一致をみたことは,わが国の精神医学の歴史において特筆すべきことだと思う。確かに「精神分裂病」は,日本語の語感として,患者の人間としての存在そのものをまったく価値のないものとしてしまう響きがある。それに引き換え,「統合失調症」の方は「失調」という語により,病態を非可逆的な固定したものではなく,改善,ひいては治癒する可能性を含みこんでおり,好感が持てる。
 実際,統合失調症の病態は,巨視的に,あるいは微視的にみると,絶えざる揺らぎのなかにあるとみた方が正しい。このことは,最近の比較文化的研究や精神病理学,また生物学的研究によって明らかになってきている。
 近年,薬物療法,また心理・社会療法の進歩とも相まって良好な社会適応をみせる症例や,統合失調症初期状態の症例が増えており,統合失調症の治療の場は入院から外来へと明らかな重心移動をみせている。「統合失調症」はこうした時代の動向に呼応した病名といえるのではないだろうか。語感として「統合失調症」はより軽症例に見合っており,一般の人に受け入れられやすい病名である。
 分子生物学,神経心理学,脳画像などの生物学的見地からの統合失調症に関する最近の知見にはめざましいものがあるものの,統合失調症の病因を一義的に規定するような発見はなされておらず,この点については,以前と本質的にはかわりはない。遺伝子レベルの病因について大方の一致を見ているのは,統合失調症はハンチントン舞踏病のような単一遺伝子疾患ではなく,生活習慣病とされる高血圧や糖尿病のような,多数の遺伝子によって重層決定される遺伝子の疾患であるということである。
 単一遺伝子疾患でも――先天性貧血疾患のβサラセミアがよい例だが――,明らかに重篤な臨床症状を呈するものから,検査ではじめてわかる無症候性のものまで,きわめて多様であることが少なくないようである。
 それゆえ,統合失調症発現にかかわる遺伝子を想定した場合,その表現型は一層の多様性をみせることは十分予想できるところである。とりわけ,統合失調症は,自分が自分であるという自己の統一性に失調をきたす,深いレベルでの人格の病いだけに,生物学的要因に加えて,社会・文化,また心理的要因が複雑に絡む,多くの因子の関与によってはじめて顕在発症に至るとみるのが妥当である。
 以上あげたさまざまな動向のなか,統合失調症に対し,より治療実践に密着した,ソフトな精神病理学的な理解が要請されている。そうした認識のもとに,私はちょうど統合失調症への呼称変更がなされた前後に,いくつかの論稿を発表している。本書はこれに一部,加筆修正を加え,まとめたものである。
 大きくみると三つの論点がある。いずれの論点も,筆者がアメリカ主導でのグローバリゼーションのうねりのもとに,医学,とりわけ精神医学分野で生じた,生物学的アプローチや操作的診断体系の興隆といった時代の動きを受けて,これらの精神医学の知の限界を明らかにするというカントの意味での批判として,そして,その欠点を補う提言として打ち出したものである。
 第一は,ナラティブ・ベイスト・メディスン(NBM)の論点である。これが本書のライト・モチーフであり,『統合失調症の語りと傾聴―EBMからNBMへ―』と題した由縁である。EBMが金科玉条の如く叫ばれるなか,NBMのアプローチが究極的には精神科臨床にとり,アルファーであり,オメガであることを説き,統合失調症患者の語りにいかに耳を傾け,広義の精神療法的な対応をするのかを論じた。
 第二の論点は,統合失調症についての精神医学史的吟味に基づく,統合失調症の病態理解,および疾患概念の再検討である。精神分裂病から統合失調症への呼称変更にあたって,少なくとも私の知るところでは,せいぜいオイゲン・ブロイラーの原著が参照されたぐらいで,精神分裂病概念そのものの成立事情について,初期クレペリンやヴィルヘルム・グリージンガーの原著にあたっての検討はなされなかったように思う。アメリカのDSMの作成にあたっても事情は似たり寄ったりであろう。
 私は一旦歴史に立ち戻る必要を強く感じ,クレペリンの精神医学教科書を第一版から第八版の原著に,まだ,甚だ不十分な仕方ではあるのだが,直接目を通し,クレペリンにおける構想の推移の大枠を明らかにした。さらに,グリージンガーの教科書にも目を通し,初期クレペリンがグリージンガーの構想をほとんどそのまま受け継いでいることを指摘した。これをふまえて,統合失調症の病態を捉える基本視座として,生命力動と人格構造の二つがあることを強調した。この見地は,ヤンツァーリクの構造力動(Strukturdynamik)論を継承するものであるといえる。さらに私は,病名告知を含む治療実践の見地から,統合失調症概念の「脱疾患単位化」の方向を模索する必要があることを論じた。
 第三の論点は,患者が自分のおかれた状況に,いかなる態勢で身をおいているのか,あるいはいかなる姿勢をとっているのかに注目して病態を捉える状況論的な理解である。生物学的なアプローチが台頭している今日,病気は,すべて生物学的に決定されるといった単純な見方が力をもちやすく,人間のおかれた状況に対する細やかな配慮がないがしろにされる傾向がある。
 私は,多数の統合失調症患者の治療経験から,彼(彼女)らにおいて,状況へ過剰に自己,また身体を開く,ないし開かれてしまう裂開相と,状況から自己,身体を閉じる内閉相の二つの態勢が大きく区別されることを論じた。
 裂開という言葉は,私が学生時代より思想的に大きな影響を受けている,フランスの現象学者メルロ=ポンティが提出した裂開(déhiscence)の概念に着想を得ている。この概念はきわめて多義的で難解なのだが,さしあたり,人間の本来のあり方として,自己身体が,否が応でも,世界,他者へと開かれたものであることを強調するため,裂開の語を使用していることをふまえている。
 本年5月,日仏医学コロック開催,および発表のためパリに行った折,ちょうど新しくできた国立図書館で「サルトル生誕100年祭」が開かれていた。メルロ=ポンティと並んで私の学生時代の思想的師であったサルトルの記念展とあってさっそく展示場に足を向けてしばしの時間を過ごした。サルトルの思想が彼の生きた時代,場所と分かちがたく結ばれ,文字通り生きられた社会に身を開き,参与する形で思想が紡ぎ出されていく様子が分かり,とても感慨深く思った。もちろんサルトルには比較しようがないのを十分承知で,大袈裟ないい方を許して頂ければ,本書は,グローバリゼーションの波に否が応にも呑み込まれていく時代状況の中,精神科臨床への私なりのささやかなアンガージュマンの営為の所産といえるかもしれない。