あとがき

 このたび,本論文集を編む作業をしていて,今年2005年が,私が精神科医の道を歩みだしてちょうど30年にあたることがわかり,あらためて時の早さに驚いた。これまでの私の著作のなかで,本書は精神科治療の実践についてはじめて立ち入った論を展開したものになる。統合失調症(分裂病)を主題的に論じた著作としては2冊目になり,前著『分裂病の構造力動論―統合的治療に向けて』(金剛出版,1999)では,統合失調症の病態をいかに理解できるのかに力点が置かれていて,本書はこの理論篇に続く,統合失調症治療の実践編といえる。
 東京医科歯科大学,次いで自治医科大学にて精神科研修をはじめて以来,今日に至るまで実にたくさんの患者さんと出会い,治療に当たってきた。外来,病棟での患者さんとの面接は,毎回新しい新鮮な経験で,真剣勝負の様相を帯びることもしばしばであった。このような治療実践の「いま」「ここ」の現場からいろいろなことを考え,学ばせてもらった。
 われわれの病棟では,毎週水曜日に症例検討会を開き,入院,退院の患者さんに教室員,研修医が集まる部屋にきていただいて,科長を務める私が患者さんに面接をする。その後,診断,病態把握,治療方針などについて皆で意見を出し合い,私もコメントを加える。このような大勢の人の前での患者さんとの面接は,フロイトの言うあまねくいきわたる細心かつ広汎な「平等に漂う注意」(gleichschwebende Aufmerksamkeit)を強く要請され,臨床眼と面接技法を鍛え上げるよい機会となっている。
 本書は,こうした私にとってもっとも濃密で豊穣な時間である臨床実践の積み重ねのささやかな所産といえる。30年余りの臨床の場でのさまざまな経験を基にして,何とか自分なりにささやかな手ごたえを感じられる,実際の治療に踏み込んだ論を人前で発表できるようになった気がする。もちろん,まだまだ不十分な稚拙な点が多々あり,あらたな「はじまり」にほかならない。「書記」あるいは「秘書」役をつとめさせていただいた私の臨床の真の師である多数の患者さんに心から感謝したい。
……(後略)

平成17年8月6日 広島原爆被災60周年の日に 著 者