監訳者あとがき

 本書は,注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断された子どもたちとその親のためのナラティヴ・セラピーをわかりやすく詳述したものです。そこでは,ナラティヴ・セラピーの考え方とそれに基づく豊富な事例を通して,独自なアプローチが紹介されています。著者のデイヴィッド・ナイランドさんは,博士の学位を得て,現在,カリフォルニア州立大学サクラメント校でこのアプローチを教えています。彼は2001年の環太平洋ブリーフサイコセラピー会議で来日しており,すでに彼のアプローチの概要について学んだ人も多いと思います。その会議において,ナラティヴ・セラピーと特に関連の深い解決志向ブリーフセラピーとの共通性と差異を明確にするための対談セッションがあり,とても印象的でした(『より効果的な心理療法を目指して』日本ブリーフサイコセラピー学会編, 金剛出版, 2004参照)。
 ナラティヴ・セラピーは,社会や文化というより大きなコンテクストを視野に入れたアプローチであり,社会への挑戦とも言われています。ADHDと診断されること自体が,どんな影響を子ども自身や家族に及ぼしているのか。そして,そのような病理的な見方から脱して,子どもたちが自分自身の,あるいは親が子どもたちの健康的な面,肯定的な面を見出し,まわりの人たちからも評価されていく過程で,ADHD物語とは異なる,どんな新しい別の物語が子どもたちや親の中に生み出されていくのか。本書では,子どもたちと家族がADHD物語から脱して,新たな物語を生きていく過程がわかりやすく述べられています。このナラティヴ・アプローチは,もちろん,ADHDの診断を受けた子どもだけでなく,あらゆる子どもの心理・社会的な問題に関しても有効な心理療法の一つであると思います。
 今日,社会的には,特別支援教育が注目されています。その理由の一つは,ADHDや学習障害と診断された子どもたちが通常の学級に入ってきている一方,多くの教師が,彼らへの効果的な指導法をなかなか見出せないまま,彼らへの対応に窮している状況におかれているからでしょう。ADHDと診断された子どもたちを医療だけではなく,心理学や教育学の立場から,どのように支援していくかは社会の大きな問題でもあります。その点,本書のナラティヴ・アプローチは,子どもや親に対してだけでなく,教師にもたいへん役立つものです。教師に子どもや親への効果的な支援だけでなく,学級運営にまで役立つ具体的な方法を提示しています。また,スクールカウンセラーにも,教師や親への効果的なコンサルテーションに有益なアプローチを提示していると思います。
……(後略)

監訳者を代表して 大阪大学 宮田敬一