訳者あとがき

 この本は,Narrative Therapy: Responding to your questions, compiled by Shona Russell & Maggie Carey, Dulwich Centre Publications, Adelaide, South Australia, 2004の全訳です。
 原題を直訳すれば,『ナラティヴ・セラピー――あなたの質問に答える』とでもなるのでしょうが,全6章がQ&Aになっているので,『ナラティヴ・セラピー みんなのQ&A』としました。「みんなの」は,質問する側も答える側も,たくさん集まって共同作業したという雰囲気を出すために付け加えました。2年前に金剛出版から出していただいた,アリス・モーガンの『ナラティヴ・セラピーって何?』の姉妹書のようです。
 確かに,ここでは,モーガンの抽出した12の会話の中から四つ(外在化,再著述,リ・メンバリング,アウトサイダー・ウィットネス実践)が,より詳しく取り上げられています。各章は,10ほどの質問にそって,技術書的に書かれています。例も満載で,モーガン同様読みやすいものになっています。後半の2章,特に最終章のフェミニズムを論じた章は,本書の白眉ではないかと思います。これまで日が当てられなかったところがようやく取り上げられています。論考のほとんどが2003年のThe International Journal of Narrative Therapy and Community Workに掲載された論考ですので,一番新しい知見ということにもなります。計160頁の薄い本です。さあ,一気に読んでしまいましょう。もちろん立ち読みじゃなくてね! 誤訳チェックしたい方は,ダルウィッチセンターのHPをご覧下さい。原文が載っています。http://www.dulwichcentre.com.au/
 さて,『ナラティヴ・セラピーって何?』の訳者あとがきでは,「『ナラティヴ・セラピー』の10年」について書きましたので,今回もそれに準じて,その後の4年を振り返っておきたいと思います。前回は,ホワイトとエプストンによって1990年に発表されたナラティヴ・モデルの発展形以外にも「無知のアプローチ」のグーリシャンとアンダーソン,リフレクティング・チームのアンデルセン,さらには,ホフマンやチキンなども含めた幅広い展開として「ナラティヴ・セラピー」という呼称を使用しましたが,(危惧した通りというべきか)その公式な相互交流的発展は現実化しておらず,ナラティヴ・セラピーと言えば,ホワイトとエプストンらのものを指すようになってきています。そのような経過を鑑み,2003年のモンクとゲハートの論考(1)を紹介し,ナラティヴ・セラピー(NT)の実践を明確化した上で,さまざまな領域での実践を振り返ることにします。

 モンクとゲハートによる「社会文化活動家か会話のパートナーか?:ナラティヴ・セラピストとコラボラティヴ・セラピストの立場を区別する」は,2003年にファミリー・プロセス誌に掲載されました。どのくらいの支持を集めたのかは寡聞にして不明ですが,時宜を得たものであることは確かでしょう。
 ふたりによると,コラボラティヴ・セラピー(CT)とは,アンデルセン,アンダーソンとグーリシャン,ホフマン,ペンらの活動をゆるやかにくくったものだそうです。二学派の共通した実践として,(1)平等主義的,無知のスタンス,(2)意味を創造するための複数の視点の創成,(3)セラピーにおける意図的非介入があります。また,2学派の類似した認識論的前提としては,(1)唯一の客観的真実の不在,(2)言語を構成的なものと捉える,(3)社会的,関係的文脈の重視,(4)アイデンティティを関係性において捉えることがあり,実践的にも,(1)伝統的西洋心理学への挑戦,(2)専門家ではないスタンス,(3)リフレクティング・チームなどが共通しているとのことです。
 しかし,その相違は,NTを「社会文化的活動家」,CTを「会話のパートナー」と考えてみると,分かりやすいといいます。認識論的には,同じ社会構成主義とはいえ,NTがフーコーを重視するのに対し,CTは対話的過程を強調するため,言説の役割についての理解が大きく異なるといいますし,実践においてもNTは外在化,脱構築的質問が頻用されるのに対し,CTでは無知の立場と対話的会話が重視されているため,技法的印象が薄いとされます。
 この論文では,比較を論ずることによって,新たな発見なり展開が期待されていますが,現実としては訳者の知る限り,両アプローチの対話は進展しなかったようです。
……〈後略〉

2005年12月 訳者を代表して 小森康永