まえがき

 たしか昨年の春頃であったろうか? 私の病院でかつて一緒に働いていた東豊氏,和田憲明氏,坂本真佐哉氏といった方々から,この本を出版しようという話が持ち上がった。たぶん,私も70歳に達し,そろそろ人生の黄昏時にさしかかってきたので,この辺で喝を入れようという意味合いもあったようだが,それはそれとして,時宜にかなった企画だと,私も諸手を挙げて賛成した。
 日本において「家族研究(対象は主に統合失調症の家族)」という形で,家族への関心が高まったのは1960年頃からである。それと並行して発展するはずであった家族療法は,やや遅れて,おそらく1970年代から東京をはじめ三々五々各地で行われ,気運が熱しつつあったであろうが,それらが一堂に会したのは1984年1月の,「日本家族研究・家族療法学会」創立の時であり,それは大きな節目となった。
 それを機に,まずはおびただしい海外の書物の流入が始まった。その多くは,すでに外国ではかげりを見せ始めていたシステム論的家族療法の書物であったが,とても咀嚼吸入しきれないほどの量であった。その功績の多くは鈴木浩二氏に負う。氏は,いわば精神分析の小此木啓吾氏(故人)のような立場で,外国文化を日本に広めようと,多くの翻訳を手がけられた。鈴木氏の論文がこの書に収められないのは,ちょっと淋しい。またこの時代,日本の著者による『家族療法入門』(遊佐安一郎,星和書店),『家族救助信号』(鈴木浩二,朝日出版社)などをみて,眼から鱗の落ちるような思いをされた方も,多かったであろう。いずれも勝れた理論書である。それから10年を経て,私は1993年の日本家族研究・家族療法学会第10回大会で,「海外からの直輸入と追試の時代は既に終わり,臨床家自身の経験の中から家族研究・家族療法の成熟に向けて経験を積み重ねてゆくべき時がきた」と述べた。それからさらに10年の年月が流れたいまこの書が発行されようとしている。
 むろん,今でも海外の影響は免れないが,本書の著者らは,もはや海外の理論や技術を無批判に取り入れるのではなく,何をどのように,自らの経験の中へ導入するかに腐心しているようだ。つまり理論や技術自体を問題とするよりも,それをどんな場面でどう使うかという,治療者のスタンスが問題となっているようだ。これは一つの進展として評価すべきであり,深く臨床を極めてゆこうという私の呼びかけに呼応するものと思うが,どうであろうか? 本書の著者らは,いずれも我が国の第一線で活躍し,今日の家族療法を支えている方々である。
 本書は大きく分けて第1部の「家族療法を知る」と第2部の「家族療法を学ぶ」の二つの部分からなる。第1部では,簡にして要を得た家族療法の歴史的由来が,練達の方々によって解説され,頭の整理に役立つ。第2部は,主として事例に即して具体的に工夫されたことが,自由に述べられている。そこでは実践に際して著者が必要と感じた「ツボ」や「コツ」も披瀝されている。それを読んで「そのとおりだ」と膝を叩く人も,「そんなバカな」と反対される方もいられるかもしれない。それはそれで良い。本書の著者が普段着のままで自論を展開していることが,何より本書の取り得であるから……。
 さて,家族療法の内実は,家族「療法」から家族「支援」へと変わりつつあることが,本書から読み取れる。このような流れの中で,家族療法はより柔軟になったようである。当初,家族全体が集まらねば家族療法は成立しないと考えられていた。しかし今は患者個人,母個人,さらには「隣のおばさん」に対してでも,家族療法は行えるし,さらには職場や学校といった集団にも,家族療法の考え方が生かされるようになってきた。さまざまな領域に応用可能であり,有用であるということが,家族療法の利点である。このことは本書をお読みになれば,おわかりと思う。
 本書は,家族療法をすでに心掛けている方々にはむろんのこと,これから始めようとする方々にも,役立つことを私は保証する。医師,ソーシャルワーカー,心理士,教師,保健師,看護師,等々,広くお勧めしたい。
 最後に編者の東豊氏に感謝したい。氏の獅子奮迅の活躍がなければ,本書は陽の目をみなかったであろう。

牧原 浩