編者あとがき「贅沢な本になりました」

1.家族療法を思う

 家族療法が日本に紹介されたのがおよそ30年前。日本家族研究・家族療法学会が設立されたのが22年前。当初は大変マイナーな心理療法のひとつでしたが,最近では名実ともに市民権を得たように感じるのは決して私だけでなく,古くからこの治療法の研究や実践に関わって来た人たち共通の思いだと思います。
 しかしながら日本では,その名称こそ広く認知されたとはいえ,内実が十分理解されているとは言い難いものがあると思います。私はそれを「歴史」の問題だと思っています。つまり,たとえば米国では,いわゆる古典的(第1次)家族療法から現代の(第2次)家族療法へと長い時間の中で熟成変化し,それをリアルタイムに共有した研究者・臨床家たちがいるのですが,日本では幸か不幸か一時に輸入されたので,その変化をリアルタイムに経験した人がいないということです。
 この結果,「症状は家族に必要(家族のSOS)」とか,「両親連合や世代間境界が重要」とか,「症状は個人のものではなく家族システムのもの」とか,本気でそのように思う人たちが出現した一方(現在もいます),そのような考え方はせいぜい有効活用できるときに利用する程度で,本質的には治療者・対象者間のコミュニケーションにこそ最大の関心を払っている人たちもいたという具合です(いわばナラティヴな人たちです)。
 私はしばしば不遜にも,前者を「第1次頭の人」,後者を「第2次頭の人」と区別していますが,さて読者の皆さんはどちらでしょう。この本を読みながら,できれば四季折々,ぜひとも自問自答してほしく思います。

2.牧原先生を思う

 監修者であり執筆者の一人である牧原浩先生は,日本に家族療法が導入された頃からのリーダーのお一人であり,長年,この方面の研究と臨床で活躍されている,我が国の家族療法の草分け的存在でおられます。どれだけ多くの者が牧原先生の薫陶を受けてきたことか。この本のために集まったメンバーなんぞはその一部の者に過ぎません。
 私自身は,昭和63(1988)年に牧原先生が「小郡まきはら病院」を開院されたときから4年間,いっしょに仕事をさせていただきました。この病院は主として思春期を対象として,家族療法をメインの治療法とする画期的なものでした(現在はさらに内容充実しています)。
 牧原先生のすごいところの一つは,医者も臨床心理士も分け隔てなく,ほぼ同等・対等に活躍の場をお与えになったことです。後にも先にもあのような病院を知りません。また,私の約25年の臨床経験で,あのように,いい意味で「やりたい放題」できた時間は他に見当たりません。
 そういえば,日本家族研究・家族療法学会の現在の理事は医師と非医師がほぼ半数ずつ(やや医師が多い)。偶然ですが,本書の著者も19人中10人が医師で9人が非医師です。このような現象も,牧原先生の基本的な姿勢が反映した「文化」の所産ではないでしょうか。そしてそれは同時に,現在の家族療法の本質のある面を象徴する数字であるようにも思われてなりません。
 さてその牧原先生も,早いものでこの度,古希をお迎えになられました。本書は,実はそのお祝いと,そしてこれまで大変お世話になったことへの執筆者一同のお礼の気持ちから生まれたものなのです。
 「どうかくれぐれもご健康に留意され,これまでどおり暖かく厳しいご指導を賜りますよう」(執筆者一同)

3.本書を思う

 この本は,牧原浩先生に直・間接的に何かとお世話になり影響を受けてきた者のうち,(現在の肩書きはともかく)これまで主として医療の領域で活躍し家族療法の発展に大きく寄与してきた面々によって書かれたものです。
 現在の日本家族研究・家族療法学会の学会長,副学会長,理事,あるいは近接領域の日本ブリーフサイコセラピー学会の学会長経験者などもいて,そうそうたる顔ぶれであることに今さらながら驚きを禁じ得ません。編者のくせにわざとらしいと笑われるかもしれませんが,肩書き的にエライ人を集めようなどという意図は本当にまったくなかったのです。ほとんどの者は互いに丁稚時代から切磋琢磨してきた20年来の顔見知りです。一緒に歳をとり,結果としてそれぞれに重責を得たというにすぎません。
 しかし現在の肩書きは何であれ,家族療法の魅力に心底取り憑かれたプロフェッショナルであることは執筆者全員に共通しています。家族療法を語らせると,本当にうるさく,そして心に届くのです。それは,家族療法輸入期からずいぶん時間が経ち,欧米のまねっこではない,それぞれに固有のスタイルを確立してきた者として,自分の言葉を持っているからでしょう。苦労の場数も違います。少し家族療法のことを知っている読者ならば,この本の執筆陣を一瞥し,軽く驚嘆されることでしょう。おかげさまで,贅沢な本になりました。
 ことの成り行き上,私が編集の大役をお受けしたものの,(牧原先生は別格として)もちろん私と執筆者の間に何らかの上下関係などありはしません。今も昔も互いに刺激・啓蒙し合う良き仲間です。イメージとしては,まあ,赤星が阪神の監督になったようなものですね。
 ……(中略)……

 家族療法を実践している人はヒントを得る
 家族療法が初めての人はトリコになる
 家族療法が嫌いな人もコソット読む

 そういう本であればいいなと思っています。

東 豊