まえがき

 本書は,現在わが国で行われている子どもの社会的スキル訓練(以下,SST)の実践の成果をまとめたものです。子どものSSTが登場して30年の節目に,海外の研究も含めて現在のSSTの到達点を示すことが本書の目的となっています。
 子どものSSTの30年の歴史の中で特記すべきことは,SSTが非常に多くの学問領域の研究者や実践家達から注目され,多くの優れた実践が蓄積されてきたことです。行動療法,認知行動療法,発達心理学,社会心理学,障害児心理学,精神医学,看護学,ソーシャルワークなど実にさまざま領域で,SSTの実践が行われています。このことは,社会的スキルの概念にコンセンサスを得ることができないでいる原因の一つにもなっていますが,それ以上に,SSTの実践を多角的に活性化させた意義は,高く評価すべきだと思います。現在,SSTに関する研究や実践は,定着期に入り,対人関係に関わる多くの領域で,予防的介入や治療的介入の訓練要素として採用されています。つまり,一時期にみられたようなSSTに対する過度な期待もようやくおさまりをみせ,SSTの限界と効用をしっかりと見据えた実践が行われるようになってきています。
 とはいえ,子どものSSTに関していえば,社会的スキルと将来の社会的適応との関係が明らかになるにつれて,社会的スキルと関係した問題行動は非常に多いと言わざるをえません。たとえば,比較的古くからSSTの対象となってきた引っ込み思案な子ども,攻撃的な子ども,知的障害をもつ子どもに加えて,最近では,抑うつ的な子ども,社会不安障害をもつ子ども,あるいは学習障害(LD),注意欠陥多動性障害(ADHD),広汎性発達障害(PDD)をもつ子どもたちの多くも,SSTの対象となっています。いずれも社会的スキルが十分に身についていないために,現在および将来にわたって社会的不適応が懸念されている子どもたちです。こうした子どもたちは,確実にその数が増えているように思います。本書ではこうした子どもたちに対するSSTの最新の成果を第4章〜第8章に紹介しました。
 学校の現場においては,社会的スキルと直接に関わる学校不適応の問題が他にもあります。たとえば,心理的ストレス,いじめ,不登校といった現象です。これらも対人的な問題を背景として生じることが比較的多いといわれています。また思春期以降に出現することが多い摂食障害も社会的スキルとの関わりが指摘されています。このような問題は、SSTという切り口のみによってすべてを解決できるわけではありませんが、SSTが重要な解決の手立ての1つになっていることは間違いありません。本書では,SSTの視点からこうした問題についてアプローチした場合に,どのような示唆を与えることができるのかを,第9章〜第12章にわたって取りあげました。
 さらに,最近になってわが国で盛んに実践されるようになった,学級を1つの単位として行う集団SSTについても取り上げました。集団SSTは,これまでのSSTの主流であった小集団SSTの各技法を,もっと多人数の学級集団に応用しようとする試みです。集団SSTでは一度に多くの子どもを訓練対象にできるので,子どもたち全般の社会的スキルを促す目的で行われます。上に挙げた気がかりな子どもたちばかりでなく,現代の子どもたち全体にわたって,社会的スキルの低下が指摘されています。したがって,子どもたち全体のスキルアップを図ることは,子どものメンタルヘルスの向上や将来の社会的不適応の予防という視点から,非常に重要であると言えるでしょう。本書では,幼稚園・保育園,小学校,中学校での実践事例を通して(第13章〜第15章),集団SSTの意義について考えてみたいと思います。
 本書の執筆者は,子どものSSTのエキスパートとして活躍されている方々であり,長年にわたってSSTの研究や実践に取り組んでいます。そうした執筆者の方々のエキスとも言うべき内容を,しっかりと吸収して頂きたいと思います。ただし,本書は現在のわが国の研究成果の到達点を示しているに過ぎず,まだ発展途上にあるものです。したがって,今後の研究や実践の積み重ねによって,もっと洗練されたSST技法が登場するかもしれません。そのような積み重ねのから生まれた,エビデンスに基づいたSSTが学校の現場のいたるところで実践されるようになることを心から期待しています。
……(後略)

平成18年2月1日 佐藤正二
佐藤容子