はじめに

 日本が高度成長のさなかにあり,東京オリンピックに国中が沸いた1964年当時,国内の100歳以上の高齢者は200人弱だったと言われています。2005年のデータでは,その数が激増して25,000人になろうとしています。高齢社会に突入してから相当な時間がたち,私たちが目にする街中の風景はずいぶんと変化しました。年を追うごとに発展して活気にあふれた都市が多かった高度成長時代とは異なり,駅前中心部でも日中からシャッターが下りてひっそりとしている町さえあります。人気のない旧市街を数人の高齢者が歩いている風景が,昨今ではむしろ当たり前になってしまったのかもしれません。
 数年前と比較しても認知症の高齢者は増え続け,現在では170万人に達しています。高齢者数がもっともピークになる30年後には350万人を越えるとの予測もあります。過疎化した町中では,「地域の中で認知症高齢者を多くの家族や周囲の若い住民が支える」という図式は成り立ちにくくなってきました。しかし,そのような状況であるからこそ私たちは,この先の世界のためにもう一度地域を見つめることで,認知症の本人と家族が安心できる環境を目指すことが大切なのです。認知症という病気をしっかりと理解し,症状への確かなアプローチをおこなうことが大きな力になるのです。
 もう一方の主役は介護家族です。これまでのように「家」の概念に基づくケアが当たり前だと考えられていた時代には,「家族だから介護して当たり前」といった極端な意見が見られましたが,介護を社会で支えるための介護保険が始まって5年以上経過した現在では,さすがにそのような極論は減りつつあります。それでも精神症状や行動面での症状が表面化したときには,これまでと変わらず,「家族なのだから何とかしてください!」と発言され,今なお続く「家族=介護者」という暗黙の了解が頭をもたげるかもしれません。そのような状況を生きぬくには,家族が周囲の共感と理解の下に安心して介護を続けることが大切です。本書はそのためのガイドブックです。はじめて認知症介護を経験して戸惑っている家族にも,その家族の支援者にも,ともに参考にしていただけるように努めました。

 本書ではまず,認知症と向き合う本人の心について考えます。最近では「認知症はもの忘れをするだけなので,本人の心がつらいなどということはない!!」といった乱暴な意見はなくなりましたが,認知症の人の心に沿う医療やケアの必要性が言われるようになったのは,ごく最近になってからです。本書では,本人の気持ちを理解することについて詳しく述べたいと思います。
 その後に,本人と向き合う家族の心についても考えます。私の専門である心理教育アプローチに基づいた家族支援のあり方を解説しながら,身近な地域で家族を支援するためのノウハウを述べたいと思います。いかに大変な介護状況にあっても,それでもなお家族に残る底力を再認識し,家族と周囲の支援者が支え合うことが介護力の強化に不可欠だからです。
 そして最後に,認知症の本人と家族を支えている専門職の心のケアについて考えます。「プロ」「専門家」と呼ばれることによって,日々の疑問や不安にさらされながらも介護の支援に努めている専門職が,日々のストレスに満ちた仕事に迷うとき,読んでいただきたいと思います。どのようにすれば自らの過剰なストレスを軽くし,継続した家族支援ができるのかについても考えます。
 本書に提示した例とデータは,すべて私が臨床を通じて経験したものを掲載しています。個人の情報保護の観点から,すべての例は特定のケースとわからないように細かい部分は変更しています。

 私はこれまでずっと,高齢者と家族をテーマに臨床医を続けてきました。新任の医師として認知症を学び,精神療法としての家族療法を通じて,「家族を学ぶ」経験をしました。その過程で日々の臨床から,「家族から学ぶ」ことも多々ありました。そして身内のケアを「家族として学ぶ」ことを通じて,はじめて認知症という疾患を「家族と学ぶ」ことの大切さを再認識できました。誰にとっても避けて通れない問題であると同時に,みんなの力を合わせることから,認知症ケアのあり方は確実に変わっていくものと信じています。
 涙の中で介護に向かう人々だけではありません。笑いをもって介護できる家族もいるのです。そのために力となる支援職のみなさんにとっても,この本がエンパワーの源になるように願っています。