おわりに

 私は,2005年9月末にトルコのイスタンブールで開かれた国際アルツハイマー病協会(Alzheimer's Disease International : ADI)の第21回国際会議に参加しました。「(社)呆け老人をかかえる家族の会」(国際名:日本アルツハイマー病協会)の一員として。2004年の秋に京都国際会議場を舞台にした第20回大会の成功を受け,これからの認知症ケアを世界全体で考えるためのADI総会では,当事者の心に沿ったケアのあり方や当事者の気持ちを代弁することの大切さ(アドボカシー)などが議題として取り上げられ,病気対治療の医学モデルの取り組みだけでなく,さまざまな領域が協力して本人と家族の日々を実りあるものにする試みを,世界中が熱心に模索し始めた印象を持ちました。
 また,アジアに目を向けると,これまでは若く活気に満ちた国であったところが,21世紀の前半のうちに,あっという間に高齢化し,世界のほかのどの地域と比べても認知症への対策が急務になっていることも知りました。
 ADI国際会議では各国がブースを作り,それぞれの国における認知症対策を紹介します。私も国際総会の次の日には,そのブースに座り日本の現状を説明し,先の京都会議の様子を訪問者に説明していました。その横にはイランのブースがありました。4人の元介護家族が自費で参加していたのです。そして自分の母親が認知症となり,何一つ公的なケアへの支援がなく,何を本人に対してしてあげることができるのかまったくわからずに,看取り終えるまでの3年間,絶望と苦悩の中で過ごしてきた女性と出会いました。「私たちは何をしていいのかわからず,誰も教えてくれなかった」と彼女は泣いていました。しかし,次のようにもはっきりと言いました。「だからこそ,次の世代の介護者が私たちのつらい経験をもとに,よりよい介護ができる国を作ろうとここに来たのです。今はADIに正式に参加をさせてもらうために準備中です。みんなの力をぜひ,お借りしたいです」
 これこそ,かつてどこからの支援もなく,一部の理解者の支援を心の支えにしながら,それでも明日をあきらめなかったわが国の25年前の介護家族の姿です。国際会議は一見すると華やかな研究発表や他国の代表との交流の場のように思われがちですが,実は今回のイランのみなさんのような人々との連帯を強めることにこそ意義があります。かつてそのような道を歩んできた私たちは,これまでの経験を伝え,一方ではイランの女性たちから感銘を受けることで,お互いがエンパワーされる場になっているのだと気づきました。

本書を執筆するにあたり,感謝したい人たちがいます。父親の急逝で医療法人を継がねばならなくなった私が大学の医局に出入りすることを許してくれた関西医科大学精神神経科学教室教授,木下利彦先生のあたたかい理解とご支援があればこそ,研究と臨床を両立することができました。序文をいただいた新潟大学教授,後藤雅博先生が心理教育を学ぶ機会を与えてくれていなければ,今の私の臨床はありませんでした。大学時代に精神療法を教えてくださり,その後の研究をともにしてくれたノートルダム清心女子大学教授,大矢大先生,専門職である私と介護家族としての私を引き合わせてくれた,高見国生代表はじめ「(社)呆け老人をかかえる家族の会」(「認知症の人と家族の会」に名称変更予定)の仲間との出会いが,本書を書く大きな動機を与えてくれたことにも感謝しています。
……(中略)

最後に,この本を日本のどこにでもいる認知症の人と介護家族,支援者であるあなたに捧げます。一方でケアの支援者になっている専門職の人が,自宅に帰れば認知症でケアを受けている人の子どもであることは珍しくはありません。「ケアにおける立場の違い」という区別や幻想を捨てることで,私たちは誰かをそっと支える自分が,同時に誰かに支えられていることを実感できるのです。
長く困難な介護の繰り返しの中,屋根の下でじっと日々を耐えている認知症高齢者と介護者の貴重な時間の一瞬に,たとえかすかでも解決につながる美しい輝きの源を見出すことができれば,介護者は明日からもまた自分を奮い立たせることができ,地域の連携支援の中で次世代の子どもたちに希望を残すこともできます。そのような地域を目指して日々のケアを続けている多くの人々とともに,この本はあります。

2005年 晩秋の御所南にて 松本一生