序にかえて
高齢者のこころを支える多様な心理的アプローチ

曽我昌祺

 はじめに
医療,年金等の社会保障制度による老後の生活保障は,ワールドワイドな食料供給体制による栄養事情の改善や次々と病気を駆逐してきた高度医療とあいまって,日本人の平均寿命を延ばし,2003年には高齢者層(65歳以上)が人口比19.0%,2015年には26.0%と推計されており,2050年には35.7%に達し(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」),3人に1人が65歳以上の老齢者という未曾有の超高齢化社会を到来させることになってきている。それは多くの人が人生を長期にわたって享受できるという人類の願いの実現であり,真に喜ばしいことであるが,その反面,長引く老後が新たな不安を拡大してきている。
 この超高齢化現象は,少子化の進行と重なって,現行社会保障体制を揺るがせ,社会経済体制をも危機的状況に追いやっていく可能性を確実に予測させ,それに取って代わる対策,社会的整備は立ち遅れ,長寿をそのままに喜ぶことができず,未来に多くを期待できない情勢のなかで,人生80年の後期1/3の「老後」人生を,心身の機能低下が確実に進行するなかで,個人としてあるいはその家族として,どのように対処し,立ち向かっていけばよいのかという重要な課題を提示している。
 人間が生殖能力をはるかに超えて,長生きする理由についてさまざまな論があるが(Kimmel, D.C., 1990),社会生活を営む上で経験を伝承していくことは重要であり,年長者は,その蓄積された経験と記憶によって,若い世代の試行錯誤と失敗を減らし,よりよく生きていく上で重要な役割を果たしてきた。労働生産性からの退却とそれに替わる知的生産性への貢献は,経年に伴う身体機能の低下を補い,若い世代との共存,共栄を可能にし,その社会的貢献と長寿は尊敬を集め,非生産的な老後の生活を維持していく資源ともなっていた。
Ⅰ 山積みの課題に向かう高齢者
 しかし,高度情報化競争社会は,こうした年長者観を一変させ,エリクソンErikson(1982)が老年期に想定していたグランド−ジェネレィティヴな機能(grand-generative function:祖父母−生殖的機能)は影を薄め,家庭での姑の知恵を不要とし,職場での年功経験も高度競争社会の中では成長阻害要因にさえなり,新規雇用を抑制し,やがて年金や医療保険などの負担を増大させていくなど,若い世代を圧迫し,その未来の希望さえも奪う疎ましい存在になりかけている。たとえば,介護保険制度の導入で,医療費負担率の上昇は止まったものの,健康保健財政に占める高齢者医療の占める割合は,人口比17.2%の65歳以上の高齢者が35%前後を占め,本格的な高齢社会を迎えた時は危機的な状態が予測されている(厚生白書,2000)。また,高齢化社会を迎える不安は,年金不安にとどまらず,生活防衛としての消費活動の全般的な抑制を招き,経済を低迷させ,国民生活に多大の影響を与えている。若者たちは,未来に明るい展望を見出せず,就学意欲を失い,晩婚化と少子化がさらに社会の高齢化を推し進め,負の連鎖は留まるところを知らない。そして,親たちは,若者への負担を思い,目減りする預金を何とか守り,最後まで健康にと,ささやかながらも,焼酎のお湯割りと健康食品,ポリフェノール,カテキン,コエンザイム,にがりダイエット等々に取り組みつつ,ポックリ寺へのお参りも忘れない。最後にも迷惑をかけずに逝きたいとの願いは高齢期自殺の隆盛にも窺え,そこには世代間葛藤を避け,世話を受ける惨めさを回避し,尊厳を守りたい信条を読み取ることもできる。
 多少なりともその存在感を支えていた過去の貢献や拠り所も今や瞬時に押し流してしまう高速社会にあって,高齢者がその存在感を保ち,活き活きと生きていくことは容易ではない。まして,否応なく訪れる心身の機能低下とさまざまな喪失体験の中で,押し迫る死の影を横目に,英知注1)を働かせ,命を燃やし続けていくことは並大抵のことではない。そこには,心身の機能的・器質的変化に伴う悩みや苦しみ,そして,経年に伴う人的・物理的環境の変化に伴う軋轢や葛藤があり,また,いつ襲ってくるかもしれない死の不安との孤独な戦いなど高齢化に伴う課題は山積みしている。
Ⅱ 生き生きと生きるための「こころのケア」
 今日まで日本の高齢者の多くは,不十分な公的支援に頼るよりも,長年にわたって培ってきた経験と家族関係を基本とするサポート体制によって,こうした難題を乗り越えてきていたが,その多くは家族愛と高齢者の諦観を基本とする自然発生的な生き方に支えられてきたといって過言ではなかろう。しかし,社会的価値の多様化と,生活防衛や個人主義的価値観に端を発する少子化の進行は,家族の崩壊とまではいかないとしてもその機能を大きく変容させ,もはや高齢化した親を支えていく家族サポートへの依存は人口動態からしても不可能になってきている(小田,1989)。
 このように,公的にも私的にもサポートが求めにくくなる情勢にあって,高齢者が,たとえ限界はあるにせよ,可能な限り,自立的に活き活きと生きることは実に価値のあることといえよう。そして,これからの高齢者とその予備軍は,その多くが期待するように,最後まで健康で生き生きと相互に助け合いながら生きていくことが求められることになり,そこには,多くの課題を乗り越えながらうまく生きていくためのさまざまな工夫が必要となる。しかし,個性化をきわめ,また多くの喪失体験や脳の機能低下で可塑性,柔軟性が低下してくる高齢者であるために,支援のためのかかわりも工夫が求められ,その一つとして,カウンセリングや各種心理療法の技術,あるいはソーシャルワークの技法などを緩用しながら支援していく方法が期待されるところである。乗り越えねばならない多くの困難な課題を抱く高齢者のこころや苦しみを支え,少しでも生き生きと生きていくことができるように働きかけていくための「こころのケア」はむしろ今始まったばかりである。
Ⅲ 高齢者の治療法の概要
 高齢化社会は,今日,世界的な潮流であり,従来は高齢者への心理的アプローチは悲観的に見られていたが,高齢者の人口比が高まるにつれて,欧米でも高齢者に関する取り組みが盛んになってきている。ちなみに,米国では65歳以上の人口比率は,1900年では4%であったものが,1990年では13.5%になり,2010年には17%以上になる見通しであるといわれ(Treas, 1995),高齢者に関する教育プログラム(老年社会学)も,500以上の大学に開設されてきている(高橋・柴田,1999)。アメリカ心理学会(APA)は2000年に“A Guide to Psychotherapy and Aging”(Zarit & Knight, 1996)を編集し,高齢者の心理的問題は,基本的には通常の大人の問題と同様に,結婚生活に関する問題,性的機能不全,家族葛藤,虐待,人格障害があるが,特に高齢化に伴う問題として,医療受診にまつわる問題で,身体的問題と心理的問題が絡み,主として,抑うつ,不安症状,および適応障害が見られ,そこには心理療法が有効であると説いている。しかし,高齢者の場合には通常の大人への心理療法と異なるところがあることにも触れられており,歳を重ねることについての十分な理解を前提に,個人差が大きく多様であることから十分なアセスメントが必要となる。そして,面接はスローペースになる可能性があり,経験の違いから,対処法や治療目標も多様化すること,病院とか養護施設など治療環境も異なってくることが指摘されている。そして,治療法としては,認知行動療法,人間関係療法,分析的心理療法,家族療法が取り上げられている(A Guide to Psychotherapy and Aging, pp.6-11)。
 私たちは,本書において「高齢者のこころのケア」と題して,今日までの多くの人たちの高齢者への取り組みを踏まえて,心理的なアプローチとして,現在とりあげることができるいくつかの心理療法とその運用法についての紹介を試みた。まだ十分に網羅したものにはなっていないが,それでも,8つの技法を紹介することになった。高齢期といってもそのフェイズは多様であり,年齢のみならず心身の状態や生活環境によっても大きく異なり,それに伴って,状況に適した方法を組み合わせながら緩用していくことが必要となる。

 第1部では,まず,はじめに,岩佐先生には高齢期の身体的特徴,藤田先生には心理的特徴について素描していただき,特に高齢者にかかわる際に留意しておかなければならないことについても触れていただいた。そして,小海先生には適切なケアを行うための心理アセスメントについて,少ない紙数の中で多くの心理検査を簡潔に紹介していただき,柔軟な運用の必要性も指摘いただいた。
 心理療法の紹介は,それぞれに,芝野先生には問題行動をへらす「行動療法」,串崎先生と近藤先生には,対人関係を改善する「集団絵遊び療法」というようにその効能(目標)を端的に表現しながら紹介していただいた。日下先生には,うつを改善するとして「認知行動療法」,長所を活かす「ブリーフセラピー」は私が執筆させていただいた。冨永先生と竹田先生には,主体性を高める「臨床動作法」,また,日下先生には,社会性を高める「グループ回想法」について,稲田先生には,こころを充たす「音楽療法」,得津先生には,家族を支える「家族療法」を,それぞれに適用例を含めて紹介していただいた。紙数の関係で,それぞれの運用法については一部しか紹介できていないが,高齢期のさまざまなフェイズによって,それぞれの介入技法の適用法はさらに多様化し,実に様々なかかわり方を生み出していくことになるであろう。
 第2部では高齢者援助における心理的介入の実際的問題について取り上げた。北村先生には高齢者施設でのこころのケアの実際について,田辺先生には介護スタッフのバーンアウトを防ぐためのストレスマネージメントについて,小林先生には高齢者に重要な役割を果たす介護家族のこころのケアを取り上げていただいた。そして,黒丸先生に,ターミナル施設での終末期のこころのケアを通じて死に向かうこころの問題をとりあげていただいた。最後に,野坂先生には社会資源をどう活用するのかわかりやすくリストにまとめていただいた。
 この著書で私たちがとりあげたのは,高齢者が活き活き生きることが高い価値を持つという前提に立ち,そのためにはどのように援助していくことが望ましいのかという視点からの問いかけであった。ここに呈示できたのはその一部でしかないが,高齢者の問題は,これからますます身近な問題として迫ってくる問題であり,予想されるさまざまな葛藤をうまく乗り切っていくためにも今後とも重要な問題として問いかけていく必要があり,さらなる工夫が求められることになるであろう。私たちはもっともっと多くのことを学んでいかなければならない。願わくば,この本が,現に高齢者の問題に取り組んでおられる実践者やこれから取り組んで行こうとしている学生,さらに,高齢者を抱える家族の皆さんにとって,少しなりともその実践に貢献し,さらなる工夫と対応を生み出す役割を果たすことができればと考えている。
……(後略)