読者の皆さんへ

 この本を手にとり,このページを開いてくださってありがとうございます。あなたは今本屋さんの店先でしょうか? それとも通勤電車の中? あるいはご自分のお部屋か,図書館でしょうか? どこであれ,とにかくページを開くというあなたの行動のおかげで,あなたと私たちの出会いが生まれました。
 あなたをその気にさせたのは,この本のタイトルでしょうか? どなたかのお薦めでしょうか? または「ただなんとなく」(つまり偶然)? 何でも構いません。とにかくあなたは行動なさったのです。そしてその結果あなたはすでに「変化」し始めています。
 どんな変化か? それは多分あなたが今関心をもっていらっしゃる事柄と関連します。生徒さんとの関係がとりやすくなる,利用者さんとのコミュニケーションがスムーズに行く,患者さんやクライエントの症状が消えたり,元気になっていく,苦手な上司や同僚と話ができるようになる,子どもが言うことを聞いてくれる,その他,さまざまな人間関係の中で,何かが楽になる,うまく行く,よくなる方向への変化です。もちろん明日から急に何もかも変わりはしないでしょう。でもとにかく,この本のタイトルどおり,「元気になる」方向にあなたは一歩踏み出されたのです。
 この本は「すべての対人援助職を解決志向アプローチの入り口にご案内する本」というコンセプトのもとに作られました。対人援助職とは,医療,保健,教育,保育,福祉,相談,その他,要するに「人間」に関わる仕事のすべてを指します。行政の窓口もそうですし,会社やお店の仕事でも人事や受付,接客,渉外など,「人」に関わる仕事はたくさんありますね。もう一つ大切な領域があります。そう,あなたがもし「お父さん」「お母さん」と呼ばれているならば,「子育て」という最も重要な対人援助に携わっていらっしゃることになります。家庭内のその他の人間関係はもちろん,どんな職場でも部署内外のスムーズなコミュニケーションが大切ですし,外交や政治や経済だって,つまりすべて人間のために人間がしていることには対人関係がつきものです。解決志向アプローチはそのような場面でもっとも役に立ち,人を解決の方向へ向かわせる,優れた方法であると私たちは考えています。
 私たち「解決のための面接研究会」は,この技法の魅力に取り付かれた面々の集まりで,1999年4月から北海道で毎月1回の勉強会を続けてきました。そのほかにほぼ毎年,春には一般の方々に向けた入門講座を開いています。この本の第1章と第2章は,その時のテキストとして編まれ,使われていたものです。また,秋にはより専門的な研修会や公開ワークショップを行っています。2003年の7月には,この技法の創始者(の一人),インスー・キム・バーグ先生を札幌にお迎えしてワークショップを開きました。
 さらに多くの人たちにこの技法を知って頂き,対人援助の場面で使ってもらえるよう,先のテキストを拡大したものがこの本です。
 第3章は,ロールプレイではありますが,ひとつの臨床的な面接をまるごとお目にかけ,どんなふうに解決志向アプローチが使われているかを解説しました。第4章は各自の体験談を綴ったショート・ショート事例集です。ここまでで,解決志向アプローチについての概略をつかんでいただけるかと思います。
 第2部はいずれも座談会形式で,第5章ではそれぞれのソリューションに対する思いや経験を語り合いました。第6章は中・上級編になるかもしれませんが,第3章のロールプレイについての検討会を公開します。勉強会のひな形とも,また面接の立体的解剖ともいえるでしょう。
 この本を読み終わったあなたは,もう面接の達人? とはいかないかもしれませんが,次の日からあなたの面接が変わってくることだけは確かだと思います。
 次に少し,歴史的,理論的な解説を加えさせて頂きますが,面倒くさい話のお嫌いな方は飛ばして下さって構いません。どうぞ第1章,またはパラパラめくって面白そうなところから,どんどん読み始めてください。
 解決志向アプローチ,またはソリューション・フォーカスト・アプローチというコトバはあまりに長いので,普段私たちはソリューションと呼んでいます。以下この言葉を使わせていただきます。「SFA:Solution Focused Approach」という略語も時々出ると思いますが,同じ意味と思ってください。
このSFA(いきなり出ました!)は心理療法(カウンセリング技法)の中でも比較的新しい,ブリーフサイコセラピーと言われる療法の一種です。と同時に,さまざまな現場で広く応用できる対人援助の技術(面接技法)でもあります。それ以上に重要なのはその根本的考え方,人間に対する見方で,従来の考え方から180度異なった,画期的な新しい視野を開いてくれました。一言で言うと徹底したプラス志向,未来志向で,援助される側の方たちの尊厳と可能性を信じ,尊重するやりかたです。「解決はあちこちに」では,世界のあちこちで始まり,成果をあげつつあるSFAに基づいた教育,福祉,司法,行政等の新しい試みが語られています。
 この新しい考え方がどのようにして生まれたのか? その源は,20世紀の偉大な心理療法家,ミルトン・エリクソンから始まると私は思っていますが,その辺はブリーフサイコセラピーについての本を当たってください。とにかくそのミルトン・エリクソン(念のため付け加えると,あのアイデンティティというコトバの創始者,エリック・エリクソンとは全く関係ありません。)の心理療法,家族療法を受け継いだ人たちが設立したMental Research Institute(MRI)でブリーフサイコセラピーは始まりました。そして,そこで学んだスティーヴ・ディ・シェザー,インスー・キム・バーグ等は,米国ミルウォーキーにBrief Family Therapy Center(BFTC)を設立し,面接と研究を続けていました。
 ブリーフサイコセラピーの原理を僭越にも大胆にまとめてみます。

①徹底した実用主義(理論的に正しいか否かより,役に立つかどうかが大切)
②社会構成主義(現実とは人々が,主に言語を用いて交流した中から立ち現れてくる共通理解のことであって,客観的真実というものは存在しない。心理療法の中でクライエントが「治る」というのは,彼(女)のものの見方が変わり,行動が変わることで,セラピストは主に対話を用いてその変化を促す)
③現在・未来志向(過去を追求するよりも当面の問題解決を考える,何が悪かったかではなく,どうなればいいかが大切)

 これらの特徴はそっくりそのままソリューションにもあてはまります。ただ,ソリューションはその上に,まったく新しい視点と技法を付け加えました。
 そのころのMRIのブリーフセラピーの技法は,問題の性質を見極め,それにフィットした独創的な課題を考え出すというものでした。スティーヴやインスーたちもそのような方法である程度の成果を上げていましたが,あるとき,困ったケースにぶつかりました。相談にやってきた家族はテンデンバラバラで,互いに相手の話に割り込みながら,自分たちの家庭について合計27の問題を述べたのです。家族の意見は全然一致しないので,そのうちのどれ一つについても解明のしようがありませんでした。困り果てたスティーヴたちは,「次の回までに,家庭の中で起こったことで,また起こって欲しいなあと思えるような出来事に注目していてください」という指示だけを出して家族を帰しました。そして2週間後,少しは問題を解明できるかな? と面接に臨んだスティーヴたちはあっけにとられてしまいました。家族はなんと「問題はすべて解決しました。私たちはとても仲良くやっています」と答えたのです! 1982年のことでした。
 まさに目からウロコでした。一体何が起こったかさっぱりわからない,しかし問題は解決し,家族はとても感謝して帰っていきました。ぶり返したとやってくることもありませんでした。ここから「問題と解決は関係ない」「解決とは問題と別の所に新たに作り上げていくものである」という『解決構築』の考えが生まれ,これにスティーヴたちは「ソリューション・フォーカスト・ブリーフセラピー」と名づけたのです。その後この技法が心理療法以外に福祉や教育などの領域で広く使われるようになるにつれ,“ブリーフセラピー”の代わりに“アプローチ”と表現されるようになり「ソリューション・フォーカスト・アプローチ」と呼ばれることが多くなりました。ステイーヴの巧みな比喩を借りれば,今までのやり方は,鍵を開けるために錠前の構造を詳しく調べていたようなものです。そんなことをしなくても,どこかにうまく引っかかるような鍵(時には針金?)さえあれば,扉は開くのです。肝心なのはその鍵を見つけること,万能鍵(マスターキー)のようなものが見つかれば,1本の鍵ですべての扉がひらくかも?
 そこまではいかなくても,いろいろな場面で役に立つ鍵がこの本のあちこちに隠されています。ご自分に使いやすい鍵,それぞれのクライエントに合う鍵を見つけて頂ければ幸いです。
 さあ,第1章(またはお好きな章)へどうぞ。
 (文献略)