本書の紹介
「共同探索」による治療的創造性の解放

 本書の輪郭は「訳者あとがき」に記されているが,ユニークな構成がまず目を引く。何しろ約10年にわたる分析自験例を著者代表のリヒテンバーグが提供し,16セッション分の実録という分厚い臨床素材を精査していく形をとりながら,自身の理論的立場を提示している。
 一つの読み進め方としては,事例提示(第3章)を先に丸ごと読んでしまうよりも,第4章以降に理論的検討が事例との照合の下に進められるので,そこから入りながらまた第3章に戻って見る仕方が良さそうに思える。
 著者は,新しい発見的見解を提示するよりも,臨床に有効な考え方の枠組みをむしろ包括的に整理することを意図している,と述べるが,現在の精神分析的発達研究の進展や「関係」論重視の動向を視野広く踏まえて,実践位置での臨床理論が編み進められている。
 鍵概念である動機づけシステムは,個人がどうしたいのか,また少なくとも当面したくないのはどういうことかという,正負の欲求・願望が感情体験を伴って意識的無意識的にはたらく自己システム内作用であり,それが臨床場面での間主観的二者システムの中で,共同探索されていく。コフート派自己心理学に立脚する著者は自己対象体験としての「共感」につき,以前(1984)も解釈的介入における認知的観察機能との兼ね合いを論じていたが,本書でも感情‐認知バランスが,殊に臨床家側の自己調節の問題としてとり上げられている。つまり動機づけシステムのどれかが活性化され強い感情体験の渦中にある患者の主観世界に,どうしても巻き込まれてしまう中で臨床家はどうするか。そこでは自身を立て直すために感情と認知・観察機能との間のきわどい綱渡りが必要になるが,活路は,臨床家個人の内省か他方患者側にその源を追及する作業かのいずれかによって開けるのではなく,臨床家が内的苦闘を抱えながら,患者と一緒に間主観的関係性の中にとどまり続けることでこそ創造されていくのだとしている。本書は,混乱と激情を溢れ出させる患者を前に,臨床家が上述の苦闘にまみれながら,思わず即答に及んだ場面を検討しているが(p.153),それを患者が新鮮に自身の主観世界の中に迎え入れるという,間主観的効果を吟味している。ある種怪我の功名にも見えそうなこの瞬間的交流は,両者の相互関係調節と,それぞれの自己調節との両方の成立を意味するものであった。著者は臨床家の柔軟で正直な(authentic)かかわりと,臨床原則や概念的枠組みに厳密に即すること,その両方を重んじる。後者の固さが豊かな感情体験を伴う相互作用の歩みを妨げてしまい,治療的創造性が生まれにくくならないような,確かで自由な共同作業のあり方こそを著者は目指そうとしている。事例のナンシーは自身の主観的現実について驚くくらいに率直で自己主張的な発言を繰り出すが,権威主義的な非対称性とは異質の,対等の親しみを伴う立ち位置においてこそ,個々の主観システムまた間主観的相互作用システムのいずれに関しても,共同探索がより可能になり,その共同探索の持続こそが自発的な気づきや感情調節の拡張を伴う治療的成果を生み出していくのだと考察されている。伝統的精神分析における中立性‐解釈投与に関して,その遡行的解明作業が再外傷化をもたらすおそれや,「今,ここで」の生の体験を基に共同探索する作業に反してしまうおそれを指摘し,それに批判的であるのも上記の考え故である。
 さて,本書での動機づけシステムなどにおける「システム」は,構造として固まったものではなく,弁証法的緊張の中にあるところの「自己システム」,「間主観的関係性システム」というふうに動的意味合いのものである。その中で「動機づけシステム」は個と関係性の両システムをぬって作用する重要な位置を占めるもので,①生理的要請,②愛着,友交,③探索,主張,④嫌悪性,⑤身体性快感覚体験,が含まれる。動機づけは常に感情体験を伴って作用し,Sternにおけるカテゴリー感情,殊に自己感情にかかわる多様な中身のものが強度や持続性などの視点を加えて吟味されている。まさに「一口サイズ」の臨床的に有用な指標,理解のための細やかな観点が提示されているが,その中で筆者が興味惹かれたのは「嫌悪性」の動機づけ/感情である。これは潜在的な抵抗や攻撃的姿勢など,反応を種々生むが,臨床的に大変参考になる。
 とりわけ「親しさの雰囲気」など,いわば陽性の治療同盟を重視するように見える著者が,陰性感情の面にも目を向けていたり,主観重視の中で,認知・観察,さらには神経生理学的知見あるいは生活史的情報など客観視点をも重んじる点などは臨床家としての“二枚腰”,熟練を感じさせて印象的であった。全体として,体系化された明快さよりは,臨床現場に直結する瑞々しい示唆がちりばめられた,まさに実践の書である。第10章でオープンにされている数々の質疑に目をやりながら,読者自身が本書の内容の「共同探索」者になることで本書は一段と有効に活用されることになるであろう。

甲子園大学人文学部教授 齋藤久美子