訳者あとがき

 本書は,“THE CLINICAL EXCHANGE: Techniques Derived from Self and Motivational Systems”(1996, Hillsdale, The Analytic Press)の全訳です。邦題は,自己心理学の文献であることがわかるようにということと,先に翻訳されたWolf, E. (1988)による『自己心理学入門―コフート理論の実践―』とのつながりも含めて考案し,副題に原書のメインタイトルを移しました。著者の1人であるリヒテンバーグ博士による「日本語版への序」にあるように,本書はドイツ語,イタリア語,ロシア語に翻訳されており,また,アメリカでは2001年にペーパーバック版として再版されています。
 本書はリヒテンバーグJoseph D. Lichtenberg,ラクマンFrank M. Lachmann,フォサーギJames L. Fosshageの3人による共著です。本書の前には“SELF AND MOTIVATIONAL SYSTEMS: Toward a Theory of Psychoanalytic Technique”(The Analytic Press, 1992)が,また後には“A SPIRIT OF INQUIRY: Communication in Psychoanalysis”(The Analytic Press, 2002)が出版されており,各々が独自の視点をもちながらも,ここ10年余り共同の仕事もしています。3人の紹介は,「日本語版への序」で著者自らに書いてもらえましたが,各々がコフートにつづく自己心理学派の中心的な分析家として活躍しています。リヒテンバーグの名は,日本でも乳幼児研究に基づいた精神分析家として,ご存じの方も多いかと思います。彼は,Stern, D.の立場と少なからず共通した面をもち,実際の乳幼児についての研究と精神分析的な観点を結びつけながら,独自の理論的な展開をしています。乳幼児研究の成果が「動機づけシステム理論」であり,リヒテンバーグの考え方のベースになっています。5つの生得的な欲求が,その後の環境との相互作用の中で比較的独立したシステムとして徐々に組織化され,その人独自の動機づけのあり方,感情体験を形づくる基盤となります。本書ではこの理論が,成人女性の精神分析の理解に随所で生かされています。他の面に目を転じると,リヒテンバーグは,1981年より季刊誌である“Psycho-analytic Inquiry”の責任編集者として,自己心理学ならびに他の学派を含めた精神分析についての討論の場をもうけ,自らも精力的に論文を著しています。共著者の1人であるラクマンも乳幼児研究に携わりつつ,精神分析の実践を行ってきた人で,Beebe,B.と数多くの研究を著しています。また,“PSYCHOANALYSIS OF DEVELOP-MENTAL ARRESTS”はStolorow, R.との共著で1980年に出版されています。もう1人の共著者であるフォサーギは,夢や転移についての論文を著している分析家です。「日本語版への序」で紹介されているように,ユング派への関心を元々はもっていた人であり,本書の第7章で示されている夢へのアプローチにはそうした影響があるように思います。またフォサーギは,2004〜2005年に組織の改編とともに誕生した,国際精神分析的自己心理学会International Association for Psycho-analytic Self Psychologyの初代会長を務めています。
 本書の特徴を,「臨床」と「技法」から取り上げてみようと思います。まず,ナンシーという女性との10年近くの分析作業から抽出されたやり取り(第3章)が,本書でかなりのウェイトを占めていることがあげられます。私たちの訳出のひとつの出発点として,自己心理学の臨床実践はどのようなものかを知りたいという思いがありました。その意味で,詳細な面接の経過を共にできることは,心理臨床の実践に関わるものにとっては,自らの経験に照らし合わせることができるだけに,意義深い内容であると思います。逐語的なやり取りに加え,分析者側の内的な思考やその後の振り返りも記載されています。ナンシーの心の動きや治療への熱意が読み手に伝わると同時に,時に共感不全を含めた分析者の等身大の関わり方や,分析者の一貫した忍耐強さが実感されます。しかし,生の情報に近いために,初めてこの経過を読む際には,ニュアンスが伝わりにくかったり,報告以外の経過がわからないため,ピンときにくい箇所も出てくるかと思います。面接記録である第3章につづく各章(第4章〜9章)では,個々のテーマが展開されていますが,その際に,第3章の面接経過に立ち返りながらの考察が数多くなされています。つまり,実践報告と臨床理論を行きつ戻りつするという作業が,この本ではなされており,そのプロセスを共に歩むことで,2人のやり取りが次第に細やかに把握され,理解が深まると思います。これは訳者の1人である私(角田)が,今回の翻訳作業を通して感じたことであり,本書の一番の特徴ではないかと思います。
 次に,本書のメインテーマである「技法」についてです。第4章の初めで強調されているように,技法が融通性のない頑なものになってしまうことを,著者たちは心配しています。しかし,治療作用therapeutic action(第9章)につながる創造的なやり取りが生まれるための指針は当然必要であり,彼らは,機械的なマニュアルではない,アートとしての側面を何とか伝えようと苦心しています。著者たちの基本的な観点は,クライエント(もしくは患者)の自己感sense of selfに焦点をあてようとするものです。言い換えると,クライエントの刻一刻の自己体験における凝集性や活力cohesion and vitalityがどのようなものか,そのありようを探求します。活力と凝集性を高めるような自己体験とは,何らかの他者・対象との関係において生起しますが,自己心理学ではこれをとくに自己対象体験と呼んで,重視しています。自己体験また自己対象体験といっても,その体験の内容にはさまざまなものが考えられます。コフートが提唱した鏡映,双子,理想化といった欲求ならびに体験に加えて,先にも取り上げたWolfの場合は,対立adversarialや効力感efficacyといった欲求・体験についても述べています。リヒテンバーグらの動機づけシステム理論における5つの動機づけも,自己体験や自己対象体験をより分化して把握するための具体的な視点を提供するものといえます。
 臨床場面で考えると,クライエントとセラピストの関係において,自己対象体験が生じる可能性がありますし,そこに治療を進める肯定的な意味が見出されるわけですが,常にこうした体験が組織化されるような,良好な関係が維持できるのではなく,2人の間にはズレ(自己対象不全)も当然起こってきます。これは,第6章で論じられているように,クライエントが,再外傷への恐れという予期と,成長促進的な可能性への予期という両面を面接場面に携えてくることにも関連しています。こうしたズレを断絶disruptionとして概念化し,その修復restrationに向けた作業をも視野に入れて,自己心理学では治療を進めていこうとします。つまり,セラピスト側の断絶へのきっかけを含めて,そのズレがどのように生じたのかを2人が共に検討することを目指します。クライエントがセラピストを「今ここ」でどのように体験しているのか,セラピストはそのことを常に念頭に置きながら,治療を進めていくことになります。コフート以来,自己心理学では「共感empathy」が鍵概念となっていますが,そのひとつの理由は,こうした「クライエントの視点から見て,セラピストがどのように体験されているのか」に,セラピストが注意を向けつづけていること(代理の内省=共感)があるといえます。
 以上に述べたような事柄を,臨床場面でクライエントと共に具体化していくための方策が,本書で述べられている10の技法の原則といえます。これら10の原則(介入については3種類があげられており,あわせて12の内容)は,動機づけへの注目など著者ら独自の観点もありますが,総じて自己心理学の臨床技法と呼べると思います。また,第1章にもあるように,より広く力動的・深層心理学的な心理療法の原則としても通じる事柄ではないかと思います。
 ……(後略)

2006年5月 訳者を代表して 角田 豊