あとがき

安西信雄

 ようやく全体の校正を終えた。校正の作業は半分読者の立場で本書を通読する体験でもある。読後感は第1に「時代は変わった」ということであった。筆者が30年前に東大でデイケア開設に参加した時,デイケアの実施自体が新しい,進歩的なことであった。時代は転換し,デイケアの実施は当たり前のことになり,「デイケアをどう実施するか」,つまり「デイケア治療の質」が問われる状況になったのである。
 本書の執筆者は第一線の臨床家なので,それぞれの章は,こうした時代変化を大変敏感に反映したものになっている。社会復帰機関としてデイケアしかなかった時代から,今日では共同作業所や地域生活支援センターやその他の社会復帰施設が普及し,精神障害をめぐる国の政策の変化の中で地域ケアの本格展開が期待される時代になっている。本書を通読した第2の読後感は,「これまでのデイケアでは新しい時代に通用しないのではないか」という危機感が共通のトーンになっていること,そして,「こういうふうに変えていくべきではないか」という建設的な提案がたくさん含まれていることである。このような建設的提案が可能になったのは,デイケア治療を改革するための地域ケアの理念と心理社会的治療の技術が,わが国においても成熟してきたことによるのであろう。
 今日ではどの医療分野でもエビデンスにもとづく治療が推奨され,治療ガイドラインが作られている。ところが精神科デイケアについては,各施設の優れた実践の報告はあるが,治療ガイドラインは作られていない。私たちは数多くの先輩諸氏の教えを受けながら精神科デイケアや地域ケアの方法を学んできたが,ある時,大先輩のお一人である渡嘉敷暁先生から「精神科デイケア治療ガイドラインが必要な時期になっている」とのお話があった。ガイドラインを作るには,エビデンスを集大成し関係者のコンセンサスを形成していく大変な作業が必要なので,一朝一夕に成し得ることではない。しかし,本書のもとになっている精神科デイケア研修会を企画する段階で,「これだけ優れた第一線の講師の皆さんに講義をしていただけば,精神科デイケア治療ガイドラインの叩き台くらいはできるのではないか」という期待が持たれた。研修会後のアンケートへの参加者のみなさんの回答でその思いは強まった。

 さて,その期待は本書の中にどの程度実現されているであろうか。その評価は読者の皆さんに委ねる以外にないが,半分読者の立場で通読した筆者の感想は次のようになる。
 第1に,それぞれの個人治療の中での精神科デイケアの役割が明確になってきていることである。池淵先生はデイケア治療の「横糸」としてデイケア・プログラムを,「縦糸」としてデイケア導入から卒業までの個人治療の流れを表現された。浅井先生は就労はデイケア治療の集大成とされ,辻先生は社会生活のステップ・アップの方法と実績を示された。伊藤先生はデイケア運営においても個人のケアマネジメントの考え方が重要であることを指摘され,窪田先生はメンバーの選択の幅を広げるための発想の転換を述べられた。一見それぞれが別々のことを述べているように感じられるかもしれないが,精神障害を患い,社会生活にさまざまな困難を抱えている人々の回復の過程で,デイケアがタイムリーに,それぞれの個人のニーズに対応した役割を果たす点で共通点があり,回復を支援・促進するために上記の指摘を組み合わせて個人治療を実施することが必要と思われた。
 第2に,地域ケアの全体のシステムの中で精神科デイケアの役割と機能を再構成していくことである。伊藤先生からACTとの関係,窪田先生から地域ケアのネットワークの中での精神科デイケアの役割が指摘された。国の政策動向の変化の中で,今後は短期入院後のまだ不安定な患者さんたちや,長期在院後の生活能力の低下した患者さんも精神科デイケアの対象に含まれる可能性があるので,こうした視点がさらに重要になるであろう。
 私自身,精神科デイケアをもっと柔軟で広い視野で考えないといけない,個々の患者さんの治療をもっと丁寧に組み立て,実践していかないといけないと痛感させられた。こうしたデイケア治療を実施するのは,現在のスタッフ配置では難しいという意見もあると思われるが,あるべき治療を積極的に実践し,その成果をもとに必要な人員等の治療条件を提案していくことが必要な時期になっているのではなかろうか。

 本書の冒頭の推薦文で,西園昌久先生から「徹底的に現場の問題に向き合った近未来指向の精神科デイケア実践ガイドの名にふさわしい」とのご評価をいただいた。また,精神保健研究所の上田所長(当時)から,改革ビジョン等の国の方針を具体化していくうえでの本書の意義についてご評価をいただいた。日頃のご指導と,暖かいお言葉に感謝を申し上げたい。
……(中略)……
最後に,本書が精神科デイケアを実践している,あるいはこれから実践しようとしている全国の仲間のみなさんに活用され,精神障害を持つ多くの人々の社会参加とQOL向上に生かされることを期待したい。