監訳者あとがき

 本書は,Michael F. Hoyt編“The Handbook of Constructive Therapies: Innovative Approaches from Leading Practitioners. Jossey-Bass Publishers, San Francisco, 1998”に収められた22本の論文のうちから13本の論文を選択して翻訳したものである。できることならば,すべての論文の訳出といきたいところであったが,原著自体500頁にも及ぶ大著であり,それらすべてを日本語にするとなれば,あまりにも膨大なものとなるので一部を割愛せざるを得なかった。そこで,編者のホイトと相談しながら,本書のエッセンスとなるであろう13本の論文を選択したわけである。もちろん,今回は割愛せざるを得なかった9本の論文いずれもきわめて価値あるものなので,いずれかの機会に日本語として紹介されることを願うところである。

 さて,最初に指摘しておかなければならないのは“構成主義”というタームについてである。ただ,日本のこの領域における動向からすると,本書にも序文を寄せているガーゲンの“社会構成主義”という方が定着したものとなっているようである。実際,“社会構成主義”に基づいた心理療法ということになれば,それらは家族療法を出自とするナラティヴ・モデルによるマイケル・ホワイトらのナラティヴセラピー,ハーレーン・アンダーソンらの共同言語システムアプローチ,トム・アンデルセンのリフレクティング・チームを指す(McNamee & Gergen, 1992; 小森・野口・野村,1999)。ところが,本書では,ホイトの序論の冒頭にもあるように「構成主義的心理療法の傘のもとに」これらのナラティヴ・モデルに加えてブリーフセラピーの一群に入る論文が多数収められている。つまり,本書は,とくに現在の家族療法とブリーフセラピーとの間の共通性を前面に押し出したものとなっており,これが本書の最大の特徴といえる。そこで,まずは“社会構成主義”もしくは“構成主義”ということについてごく手短に触れた上で,家族療法とブリーフセラピーのこれまでの関係の歴史について監訳者なりに若干の補足をしておこうと思う。なお,この点については,別のところでも論じているのでそちらも参考にしていただけるとありがたい(児島,2006)。

 ガーゲンの“社会構成主義”に対する日本における関心の高まりは,実は,ナラティヴ・モデルを通じての臨床の世界だけにあるのではない。これは,近代以降主流となっている客観主義・実証主義に基づく心理学のあり方そのものを,ポストモダンと称せられる人文・社会科学全体の新たな思想の流れに基づきながら徹底的に問い直すことを主眼にしたものである。そして,彼の場合には,彼自身が社会心理学者としてそうした主流の心理学にあくまで内在しながら進めてきた研究であることがその価値を一層高めている。だからこそ,その影響は日本の心理学界にも徐々に浸透してきているのである。その証拠に彼の主要な著作がたて続けに邦訳出版されている(Gergen, 1994a; 邦訳1998,1994b; 邦訳2004,1999; 邦訳2004)。ところが,日本においては,上記の訳者として名を連ねている心理学者たちと我々臨床家との間の対話の機会はあまり見られない。もちろん,そこに“社会構成主義”に対する同様の関心がありながらも方向性の違いが出てくるのは当然ではあるけれども,それがもし,従来からの心理学における“基礎と臨床”もしくは“理論と実践”の間の乖離現象をそのまま受け継いだものであるとするならば,それ自体すでに“非社会構成主義”であると言わざるを得ないのではないだろうか。これ以上,この議論にとどまるつもりはないが,ガーゲン(Gergen, 1999)自身がナラティヴセラピーはもとより最近では,解決志向ブリーフセラピーについてもかなりのページを割いて論じている点を省みれば,早晩,日本においてもそうした対話が開始されることを期待したいものである。
 ところで,この“社会構成主義”が,実は社会学の領域においてすでに1960年代に登場してきたものであることを我々は案外知らない。それは,ピーター・バーガーとトーマス・ルックマン(Berger & Luckmann, 1966)によって発表された文字通り「現実の社会的構成」と題する著作である。そして,それ以降,社会学の領域においては,心理学の領域よりも一層その理論的な議論が展開される中で,“社会問題”の読み解きから“社会実践”への動きをより促進していくことになる(野口,1999; Endress, 2003)。その中でも,とくに本書との関連から興味深いのは,解決志向ブリーフセラピーの面接現場をこうした社会学者たちが直接観察することによって,その臨床実践を社会構成主義の観点から読み解いていった研究である(Miller, 2003)。
 こうしてみると,心理学と社会学の対話が“社会構成主義”による心理療法を通じて促進されていく様には大変興味深いものがある。いずれにせよ,我々人間の外側に何がしかの現実があるわけではなく,現実とは我々人間が常に“構成”していくものに他ならず,そして,たとえ個人の心的現実であったとしても,それはすでに関係性を孕んだすなわち“社会”的なものであるという考えをもとにすれば,“構成”はすでに“社会構成”に他ならないのである。となれば,心理療法の世界自体がすぐれて今日的な社会的に構成された“社会問題”の一つであることを認識せざるをえないのではなかろうか。

 さて,次に,家族療法とブリーフセラピーの関係の歴史について簡単に述べることにする。周知のごとく,ブリーフセラピーの祖といえばミルトン・エリクソンであるが,彼は,文化人類学者であるグレゴリー・ベイトソンと共に1950年代後半からの家族療法の誕生期に多大なる影響を与えた。その後,家族療法は,当時としては実に画期的な“IPは家族システムの病理の反映である”とする構造論的システム理論に基づいた家族臨床を展開していくことになる。しかし,彼は,このような家族療法の動きとは早晩一線を画すことになる。なぜならば,彼にとっては,このような家族“理論”はたとえそれ自体精緻なものであっても,実際のクライアント・家族へのより効果的で効率的な援助には必ずしもつながらず,かえって足かせになることを強く感じ取っていたからである。彼は,ジェイ・ヘイリー(Haley, 1973)をして“非凡”と言わしめたほどの実に見事な臨床実践の数々を残しているが,そのエッセンスは優秀な弟子たちによって今日ではより洗練されてきている。その中にあって独自の路線を開拓したのが可能性療法のビル・オハンロンである。また,家族療法の伝統を引き継ぎつつもエリクソンからの強い影響のもとに今日のブリーフセラピーの基礎を作ったのがジョン・ウィークランドを中心とするMRIであり,さらにスティーヴ・ディ・シェイザーとインスー・キム・バーグによる解決志向アプローチである。これらが現在のブリーフセラピーの核となっているものである。
 一方,家族療法内部においても1980年代に入ると,既述したようなシステム論的発想に基づく家族療法の限界が,より社会的・文化的な面から強く意識されるようになってきた。そこには,同時期におけるガーゲンの“社会構成主義”を含むいわゆるポストモダンによるあらたな社会理論の枠組みからの影響ともあいまって,家族療法は大きな理論的転換を見せ,それが1990年代になると今日のナラティヴ・モデルへの動きに拍車をかけることになる(楢林,2003)。その詳細な経緯については,本書中のリン・ホフマンが自らの家族療法家としての長年の遍歴をもとにまとめた論文が大変参考になる。そして今日においては,このナラティヴ・モデル自体がより広範な領域へと拡大を見せることになる。そのもっとも典型的な例が昨今の医療領域におけるEBM(エビデンスに基づく医療)とNBM(ナラティヴに基づく医療)を繋げようとする動きである。

 以上のような流れのなかで,家族療法とブリーフセラピーは再び結びつくことになるが,その共通項となったのは,何といっても“治療的会話”をキーワードとする言語の相互行為的な現実構成の側面に対する認識であった。この点についての洞察をより深める上では,ホイトによる序論の中の「言語と言語行為」に関する一節が示唆に富んでいる。もっとも,家族療法における共同言語システムアプローチのアンダーソンは,自らの立場をホワイトのナラティヴセラピーと同列に扱われることに懸念を表しているし(2001年6月,京都で行われたワークショップでの発言より),ブリーフセラピーにおいては,オハンロンが本書の中でかつて解決志向アプローチのディ・シェイザーのスタンスに批判を加えた経緯が述べられている。このように,それぞれの領域内においても個々の立場による違いはあるのである。それはともかく,家族療法とブリーフセラピーが再度接近を見せるなかであらためて多くの臨床家の関心を呼んだのが,ホワイトとディ・シェイザーの間で展開された「ユニークな結果」と「例外」の異同に関する議論である(White & de Shazer, 1993)。しかし,この議論の中には“技法”レベル以上のものが潜んでいたように思われる。すなわち,前者にはセラピストも含めた治療システム自体の社会的・政治的なコンテクストを重視する傾向が認められるのに対して,後者には,セラピストをあくまでセラピー場面におけるいわば職人的な役割に限定する志向性が読み取れるのである。言い換えれば,治療的プラグマティズムということになろうか。この違いは「外在化」を導入する際にも現れているように思われる。いずれもクライエント・家族自体を問題視(病理化)しないという点では共通しているが,前者は,あくまで「外在化」される問題そのものの存在(たとえメタファーやストーリーの形式によるものであれ)を前提としているのに対して,後者はその問題をいわば“不問に付し”た形であくまで解決構築のための質問形式の一つとして取り扱おうとしているようである(児島・森,2002)。いずれにせよ,こうした違いは,セラピストの“専門性”に関わる議論にも集約されるが,監訳者自身のセラピストとしての経験と照らし合わせた時,このいずれをも肯定したい思いに駆られて仕方がない。
 このような差異は,考えてみれば,かつてエリクソンが家族療法と一線を画すことになった経緯においてすでに内包されていたものと見ることができるかもしれない。その点では,たしかに,今日のブリーフセラピー発展の原動力となった解決志向アプローチの基本的な性格にもそれが反映されている。しかし,解決志向アプローチ自体もその後の世代によってより社会的な文脈へと拡大を見せつつある。こうして,今では,ダンカン,バブル,ミラー(Duncan, Hubble, & Miller, 1997)らも指摘しているように,心理療法各派に共通する治療要因に目を向けようとする動きがある中で,本書は,あらためて家族療法とブリーフセラピーの関係をつなぎながら,より幅広い形で今日の心理療法における動向の一端を示そうとしているのである。それが他ならぬ“構成主義”というタームで束ねられている。

 ここで,あらためて気づかされたのは「本書は『我々人間は構成的存在であるという構成』(強調は監訳者による)に基づいたものである」というホイトの序論の冒頭における一文のもっている意義である。我々人間はその“言語的”本性からして,物事に名前を与えないわけにはいかないし,何かを「○○である」と定義しないわけにはいかない。するとその途端,そこにあたかも一つの確定された世界ができあがってそれを自らの手にしたかのように考える。しかし,実は,これはディ・シェイザーいうところの“誤読”に他ならない。同じく,我々はまた,いつも何か“完成され”,“閉じられた”体系へと誘惑される存在である。だからこそ,ガーゲンは序文の中で本書に「未完成の霊感」という言葉を贈ったのではないか。とはいえ,はたして我々は,自らをこの未完成のうちにとどめ置くことができるであろうか。さらに同じく,アンダーソンとグーリシャンのいう「理解の途上にとどまる」ことができるのであろうか。つまり,“構成”とはそこに常に“脱構成”を孕んだ不断の動きに他ならず,これこそが“変化”そのものでもある。そして,クライエント・家族のみならずセラピストとしての我々自身もまたこの“変化”のうちにあることの認識なしには,おそらく彼らにとっての“より良い現実”もしくは“より良いナラティヴ”を共同創造することはできないのではなかろうか。これこそが,どのような立場や学派に立とうとも,読者の方々が本書から学び取っていただきたい最大のものである。と同時に,それぞれの臨床領域や多様なクライエントとの日々の臨床実践に生かしていただければ監訳者にとってこれ以上の喜びはない。

ここで,訳文について一言述べておきたい。なにぶんにも,著者たちのスタイルの違いにさらに各訳者の日本語のスタイルの違いが掛け合わされた結果,日本語訳の原稿がそれぞれきわめて個性的なものとなった。このままだと確かに読者にはバラバラな印象を与える懸念があった。しかし,これも本書の精神にならって,各筆者と訳者の組み合わせによる“構成”の結果を尊重することにして,訳文および訳語についても機械的な統一はあえて避け,ごく最低限の手直しにとどめた。それでもなお,論文によってはかなり訳出に苦労したところもあって,もっと適切な訳文の可能性も残されている。いずれにせよ,これらについてはすべて監訳者の責任にあることはいうまでもない。

 最後に,本書訳出の経緯について是非とも触れておきたい。それは,たしか1999年の秋の頃であった。当時,私は日本ブリーフサイコセラピー学会のメンバーとともに,2001年大阪で第2回環太平洋ブリーフサイコセラピー会議を開催する準備にとりかかっていた。そこで,私は,この会議のメインスピーカーにホイトを招聘しようと心に決めていた。その理由は,1995年,福岡で開催した第1回環太平洋ブリーフサイコセラピー会議(日本ブリーフサイコセラピー学会,1996)にインスーの紹介で初めて来日した彼の,ブリーフセラピストとはいえ,心理療法全般についての広範な知識と豊かな経験に裏打ちされたバランスのよさに敬服していたからである。さて,彼は,この大阪での会議にも大いなる賛同と参加の意を表してくれた。また招聘する海外講師陣についても的確なアドバイスとその交渉役まで買って出てくれたのである。おかげで,実行委員長の吉川悟氏をはじめとする本学会のメンバーたちや,その他多数の国内の各派臨床家たちの協力もあって,この会議は国内外から1000名以上の参加者を得て成功のうちに終えることができた。ちなみに,この会議の内容は一冊にまとめられ(日本ブリーフサイコセラピー学会,2004),また,主要なセッションがビデオに収録されている(これは,現在も販売中である:注文先は日本ブリーフサイコセラピー学会のHPに掲載されている)。
……(後略,文献略)

2006年8月 児島達美