訳者あとがき

 私が大学を終えて福祉・心理臨床の実践現場に飛び込んでから今年で28年,大学に身を置くようになってからは13年目になる。長らく,職業選択を間違えたのではないかとの思いが私にはあったが,最近,その思いが頓に強くなっている。福祉の実践者は別として,大学に席を持ち尊い血税からの糊口の糧を得ている身としては,研究の成果を論文に纏め,その知見の集積を書籍として世に問うことが求められる,と私は信じている。この「責務」を果たすことにいささかの疑念を禁じ得なくなった。ある日,「世の中には非常に優れた良書がすでに多く出回っているが,日本語ではないためにわが日本社会では知られていないというきわめて残念な状態にある」ということに突然気づいたのだ。私の取るに足らない「研究成果」や「知見」を「あーでもない,こーでもない」とぐだぐだと綴って,貴重な森林資源の幾許かを徒に浪費するよりも,こうした良書を翻訳するほうが遥かに価値があることなのだ,そして,これが大いなる勘違いでなければ,という条件付きの話ではあるが,私にはどうやら「翻訳」の才能なるものがありそうだ。だから,翻訳家としてその作業に全エネルギーを投じるべきではないか,と強く信じるにいたってしまった(念のために断っておくが,これは,最近めっきりと単行本を書き下ろしていないことへの弁解ではない)。
 本書は,そうした「良書」のうちの1冊である。と言うよりも,良書の山の,頂上に限りなく近い山頂部に位置する1冊と言ってもよいだろう。著者である精神科医のレノア・テアは,トラウマ性の体験によって精神的ダメージを被った子どもの精神療法の第一人者である。阪神淡路大震災の爪痕がいまだ生々しかった頃,心理や福祉の立場で神戸の救援活動に携わっていた人々に対して,サンフランシスコで子どものトラウマに関する研修の機会を提供してくれるなど,テアはわが国にもなじみの深い人物である。そして,私が知る限り,トラウマ性の体験が子どもに及ぼす精神的な影響に関してもっとも早くから取り組んできた臨床家である。
 そのテアが子どものトラウマに関する研究や臨床に着手するきっかけとなったのが,本書の重要な構成要素となっている「チョウチラ・スクールバス誘拐事件」である。1976年7月,カリフォルニア州中部に位置するセントラル・ヴァレーの農村地帯の小さな町チョウチラで発生した集団誘拐事件である。26人の子どもたちを,3人の若者がスクールバスごと誘拐するという前代未聞の事件であった。結果的に,事件発生から2日後,子どもたちは生き埋め状態になっていた「穴」から「身体的には無傷な状態」で自力で脱出し,事件は無事解決を見た,と誰しもが思った。しかし,テアはそう考えなかったようである。彼女は,こうした「生き埋め」の体験が子どもの心に何らかの「傷」を残しはしないのかという懸念を持ったのだ。この疑問を解決すべく,チョウチラに向かったテアは,その後数年にわたってチョウチラの子どもたちの人生を追うことになる。そして,この地道な作業が,子どものトラウマという世界の扉を開くことになるのだ。
 このチョウチラの誘拐事件というトラウマ性の体験が子どもにどのような精神的影響を与えたのか,そして被害体験がその後の子どもの人生をどう形作ったのかが本書の縦糸となっている。そこに,その他の誘拐事件や拉致事件の被害者である子ども,災害や事故の被害を受けた子ども,猛犬に襲われ首を喰いちぎられるという被害にあった子ども,保育園における集団での性的虐待事件に巻き込まれた子ども,あるいは,おそらくは子どもの頃に慢性的な性的被害を受けていたと思われる成人女性などなど,何らかのトラウマ性の出来事を体験した人々の「物語」が横糸として編み込まれている。さらに,本書をあまり類例のない1冊としているのが,これらの縦糸と横糸で編みあがった布に見事な刺繍が施されている点である。その刺繍とは,アメリカン・カルチャーを中心としたさまざまな小説や映画,あるいは美術作品である。スティーヴン・キング,エドガー・アラン・ポー,アルフレッド・ヒチコック,イングマール・ベルイマン,ルネ・マグリット……。テアの鼻は彼らの作品群を貫くテーマを嗅ぎ取り,そこに作者自身のトラウマ体験の影響を見るのだ。こうした論考を通して,テアは,トラウマ性の体験がPTSD(外傷後ストレス障害)などの単なる精神科の一疾患を超え,その人の「生き様」を変えてしまうような強力な磁力を発生するという可能性に光を当ててくれる。
 ある大手の書籍データベースによると,本書は専門書籍と一般書籍の中間に位置付けられている。それは,こうした刺繍が施されているためであろう。しかし,この刺繍の結果,本書はトラウマに関する膨大な専門書群を圧倒するような質を備えることになった,と私は思う。ちなみに,私はこれまでにも何冊かの訳書を手がけたが,本書の訳出に要した時間が私にとって最長記録を誇る結果となったのは,この「刺繍」によるところが大である。本書で扱われている夥しい量の文学や芸術作品に関する記述の中には,原典に当たらなくては翻訳不能と思われる箇所が少なくなかった。そうした記述に出会うたびに,私の書棚の奥から数十年前に読んだポーの作品を引っ張り出し,一度も読んだことのないホーソンの小説を求めて図書館を彷徨い,あるいはインターネットでマグリットの絵を検索するなど,通常の専門書の訳出では思いもよらぬ作業に取り組まねばならなかった。しかし,そのために費やされる時間を度外視すれば,この作業はかなりわくわくするものであった。こうした,ちょっとした興奮を味わわせてくれる翻訳作業は今までにはほとんど経験したことがない。そして,こうした興奮とともに,自らの一般教養のなさへの羞恥心,あるいは学生の頃にバイトに明け暮れ教養部の授業に欠席を重ねたことへの後悔の念を覚えることとなった。羞恥心や後悔の念は別として,読者は,おそらく,私の「ちょっとした興奮」を追体験されるのではなかろうか。
 トラウマ体験がもたらす「精神医学」を超えた世界への影響に関するテアの分析の手は,文学や芸術の領域すら突き抜け文化や社会にまで迫りつつある,という印象を私は持った。本書には,トラウマと社会や文化との関係を直接扱った記述はほとんどない。しかし,たとえば,ヨーロッパの「黒死病」の大流行による恐怖体験が,数百年の年月を経て現代の子どもたちに「リング・アラウンド・ロージー」という遊びとして伝承されているという記述(これは欧米人や,あるいは文化人類学の専門家にとっては言わずもがなのことであるのかもしれないが,無教養の私には目新しいものであった)は,ある集団が被ったトラウマ性の体験が,時を越えてその集団に影響を与え続ける可能性を示唆するものであり,場合によってはその集団の「生き様」を変えてしまうといったことがあり得るのではないだろうか。こうした観点は,たとえば,第二次世界大戦というトラウマ性の体験が戦後のドイツ社会に影響を与えたという,トラウマの精神医学的研究の第一人者であるべセル・ヴァン・デア・コルクの視点とも相通ずるのではなかろうか。トラウマという観点に立った文化人類学や社会学という取り組みが必要なのかもしれない(この点に関しては「もうすでにあるよ」という指摘がされるかもしれない。筆者の不学の故のこととてお許しいただきたい)。これらのテアの記述に刺激された私は,わが国の「カゴメ」の遊びの起源について妄想し,あるいは,ヒロシマ,ナガサキ,オキナワの体験が戦後社会に遺した「集団的影響」についてあれこれ考えるようになった。ちなみに,本書の「まえがき」に,テアのトラウマへの関心を芽生えさせたのは,幼児期の映画館で心に刻み込まれた「ヒロシマ」のニュース映画であったことが記されている。これは,テアの研究を追いかけてきた私にもまったく耳新しいことであった。「ヒロシマ」のニュース映画がテアにその職業活動という一種の「生き様」を決定するほどの影響を与えたのだとしたら,その被害を実際に被った日本の社会の生き様に何らの影響も与えなかったなどということは,有り得ないように思う。
 私は,欧米の書籍を読んでいて,ときおりワクワク感を覚えることがある。そうしたときには,矢も楯もたまらず訳出したいという,翻訳への強い衝動を経験する。この衝動は,どれだけの仕事量を抱えていようとお構いなしに生じ,かつ制御不能であるため,きわめて厄介な代物である。この衝動のおかげで,ヴァン・デア・コルクの『トラウマティック・ストレス』やエリアナ・ギルの『虐待を受けた子どものプレイセラピー』などを訳出できた。ヴァン・デア・コルクは精神医学におけるトラウマ概念の奥行きと幅を教えてくれ,さらに,トラウマ性の精神的影響からの回復モデルを提示してくれた。また,ギルは,トラウマを体験した子どもへのプレイセラピーのあり方を実践的に示してくれた。このように,私は,虐待を受けた子どものケアという私自身の仕事の支えとなった研究者や臨床家の手による良書を翻訳してきたことになる。そして,本書もそうした書籍の1冊なのだ。1980年代の初頭,後先のことを何も考えず子どもの福祉臨床の世界に飛び込み,虐待という慢性的なトラウマ性の体験を抱えた子どもたちへの援助というとてつもない仕事を始めた頃の私は,今から見れば子どもたちのトラウマ性の症状を,当時はまったく理解することができず,路頭に迷っていた。そんな私にとって,ほとんど唯一とも言える道標となってくれたのが,テアのいくつかの論文であった。今回,そのテアの良書の日本語訳を世に出せたことは,翻訳という仕事が天職ではないかと思い始めている私にとって,本当に喜ばしいことである。こうした良書に出会うことは,もしかしたらもうないのかもしれない。だとしたら,私は転職した途端に失業の憂き目を見ることになるのだが。
 私の友人であり仕事上の盟友でもある国立成育医療センターの小児精神科医,奥山眞紀子氏が国際学会のために渡米した際,その学会のレセプションでテアと言葉を交わしたそうだ。話が本書のことに及び,私が翻訳中である旨を奥山氏から告げられたテアは,「あの本の翻訳はとても難しいと思うわ。うまく訳せるかしら?」と言われたそうである。どうでしょう,うまく訳せてますか,テア先生?
 ……(後略)

2006年7月11日 訳  者