日本語版への序

 肥満は大きな健康問題である。成人の肥満も小児の肥満も,両者とも西欧社会では一般的であり,その割合は増えている。この“世界的な流行global epidemic”(世界保健機関WHO,1998)の結果として,心血管性疾患,高血圧,脳卒中,糖尿病,変形性関節症,また一部のガンといった肥満の医学的合併症は,常に増大している公衆衛生上の問題を象徴している。西欧に比して日本は肥満の頻度は少ないが,太りすぎoverweightの人の割合は増加しており,従って,糖尿病といった医学的合併症も増加しているのである。
 肥満の予防は,特に小児において最も優先順位の高い課題の一つには違いないが,すでに肥満になって困っている人たちに対する,よりすぐれた治療も同様に求められている。本書は認知行動療法を使って,いかにして治療を行うかのガイダンスに対する,臨床家からの要望に応える形で書かれたものである。これらの要望は,こうした治療法を詳細に著した臨床ガイダンスが存在していないことを反映している。
 本書は肥満の認知行動療法について,その基礎となる理論の概要とともに解説したものである。臨床家マニュアルの形式でその治療法の詳細を説明している。患者が減量したり身体活動レベルを上げたり,また体形訳注1)や体重に関する懸念に取り組んだりするのをどのように援助するかについての情報が含まれている。特に強調したのは,減量して新たに得た体重をいかに持続させるか,その援助という点である。体格指数(BMI)1)が30から40までの間の患者(すなわち,肥満の患者)を主に治療対象としているが,それほどまで肥満していない患者(すなわち,BMIが25から30までの間)も同様に対象としている。BMIが40以上の患者についてはこの治療法を使用した経験はないが,他の治療法と本法のいくつかの要素を組み合わせれば,有効である可能性はある。
われわれのバックグラウンドは摂食障害の臨床にある。神経性過食症Bulimia Nervosaや神経性食欲不振症Anorexia Nervosaの治療という文脈において成功したいくつかの問題が,われわれの摂食障害の治療経験を通して肥満患者にも同様に当てはまるのに気づくことになった。われわれは認知行動療法を用いてむちゃ食い,体形や体重に対する不満,それに食事のコントロールに関する問題などをうまく治療してきたので,肥満の治療にも同じ治療原則が当てはまると考えたのである。また,同様に,現行の肥満治療に伴う問題,特に減量に成功した後の体重の再増加の問題があることも承知していた。こうした面や臨床知見を詳細に分析する中から,体重の再増加をもたらす心理的プロセスに関する理論を確立したのである(Cooper & Fairburn, 2001, 2002)。その結果,本書で解説している治療法を少々手直ししながら徐々に発展させてきたわけだが,現在オックスフォード研究においてそれを確認しているところである。
 本書は,肥満の患者や体重の長期間のコントロールに問題を抱えている患者の治療に携わっているすべての分野の専門家のために書かれたものである。この認知行動療法を実施するにあたり,その具体化した原則に従うことが重要であると確信している。本書では,オックスフォード研究で用いたのと同程度に治療について解説しているが,臨床家である読者諸氏には自分自身の,また自分の患者の状況に合わせて柔軟にこの治療法を用いることを勧めたい。例えば患者に対してわれわれがやってきたような一対一の対応より,むしろ集団での治療に用いることも可能であるし,セッション数や治療期間を変えてみたいと思うかもしれない。
 この治療法を解説するにあたり臨床や研究に関する文献の参照は最低限に抑えたつもりだが,それは本治療法を実践したいと考えている治療者に向けて,本書が読みやすく,また一番役に立つ方法として提供したいからである。参考文献は一冊の信頼すべきテキスト,『摂食障害と肥満:統合ハンドブック』(Eating Disorders and Obesity: A Comprehensive Handbook, Fairburn & Brownell, 2002)になるべく限定した。その理由は同書には各分野の専門家によって書かれた数多くの関連する要約の章が含まれており,各章にはさらに理解を進めるための具体的なガイドラインが掲載されているからである。この作業が済んでいたことにより,読者諸氏は非常に数多くの個々の文献の参照を必要とせずに,さらなる情報のもととなる適切な資料を手にすることになるであろう。
 肥満は医学的問題であり,またわれわれは病院で働いているので,治療を受けている人々を指すのに患者patientという用語を使用した。クライエントclientという用語の方を好む人がいることは承知しており,これを使用してもまったく違いはないと考える。患者という用語を使ったからといって受身的に治療を受ける人間だなどとはわれわれは考えていない―まったくその逆である。本書の中で強調しているし,また認知行動療法全般に通ずることであるが,治療とは患者が自分の種々の問題を克服するのを臨床家と患者が一緒になって,大いに力をあわせて援助するプロセスでなければならない。