監訳者あとがき

 クーパー,フェアバーンならびホーカー博士は,摂食障害治療のエキスパートである。過食症の認知行動療法について1980年代からすでに数々の研究報告を行い,その普及に大きく貢献した第一人者である。現在,フェアバーン博士はオックスフォード大学教授であるとともにオックスフォードに個人クリニックを持ち,クーパー博士らとともに臨床の第一線で活躍中である。そのクリニックには自ら設計した日本庭園があり,待合室から患者がゆっくりと眺めることができるとのことである。実は,フェアバーン博士が国際心身医学会での「摂食障害の認知行動療法」講演のため,2005年に初めて来日した折に,筆者は初めてそのことを知った。京都の禅寺や庭園の訪問に同行したが,なぜそれが日本庭園でなければならなかったのか,理由を聞く機会は得られなかった。ただ,その間,博士がきらびやかさよりもむしろ“わび,さび”の世界に親和性を持っていること,会話は冗談やウイットに富み,実に飾り気のない気さくな人柄であること,などを垣間見ることができた。確かに今回の翻訳作業を通して,彼らの提示する認知行動療法自身が,「金科玉条」的なものから程遠いものであって,われわれ臨床家が自然に,無理なく実践できるようにという配慮の十分行き届いたものであることを随所に見出すことができる。
 この肥満治療法は,「万病に効く薬」的役割を狙ったものではない。著者自身述べているように,患者とのやり取りの中で,ステップ・バイ・ステップに進めるものである。認知行動療法に限らず,治療全般に通ずることであるが,治療とは患者が自分の種々の問題を克服するのを臨床家と患者が一緒になって,大いに力をあわせて援助するプロセスである,という彼らの考えには大いに賛成である。
 原著者らは,過食症の認知行動療法の治療原則を,すでにいろいろな著書で解説している(既刊『摂食障害治療ハンドブック』第6章,2004年,金剛出版,参照)。その治療経験から,この治療原則が肥満患者にも適用できると考え,それを実践し,応用したという点がユニークなところと言えよう。本書では,肥満患者の減量を達成するにあたり,「希望体重」「理想体重」「許容体重」といった体重目標区分の考え方,あるいは患者の減量期待の背後にある「本来の目標primary goal」を見極める重要性が詳しく解説されている。過食症治療を実践してきた臨床家ならではの鋭い視点であり,目標設定の仕方である。同時に,身体的,生物的観点からみても合理的である。さらに一般の肥満治療では取り上げられることのなかった,女性患者に見られる「ボディイメージへの心配」という,過食症増加の背後にある心理的圧力に対する取り組みも治療手順に取り入れている。今後,わが国でもこうした患者が増加するであろうことを考慮するならば,大いに参考とすべきものである。
 しかし,なんと言っても本書の最大の特徴は,治療プログラムの目玉として減量に成功した後の「体重再増加の問題」への取り組みを設定していることであろう。この,減量によって得られた体重をずっと維持することが如何に困難であるか,肥満治療の経験者であれば全員が首肯する難題である。“肥満治療成功は,至難の技”と言われる所以である。本書は,この,体重の再増加をもたらす心理的プロセスを詳細に明らかにし,それを防ぐために「体重維持」のための「目標の体重幅」の決定ならびに体重モニタリング法の確立を具体的に説明する。実際,その解説にかなりのページを割いている。それは,この問題の解決こそが,肥満治療成功のための鍵となるからであろう。
 今回の翻訳には,糖尿病ならびに摂食障害治療をそれぞれ専門とする気鋭の医師,また糖尿病や肥満治療分野で活躍中の心理士が担当した。訳語については,なるべく原文のニュアンスを尊重して翻訳した。一例として“Overweight”は,“過体重”や“オーバーウェイト”という訳もあるが,今回は“太りすぎ”として訳を統一した。ただし本書のような“臨床ガイド”は,文学的作品と違って原文に忠実に,より直訳的にならざるを得なかった。読みにくいところが多々ある点はご容赦いただきたい。ただ不備があるとするならば,すべて監訳者の責任である。
 肥満の生物学的成因,病態の解明は,レプチンをはじめとする近年のペプチド研究により飛躍的に進んだ。しかしながら,それとは対照的に,肥満患者への心理面まで考慮したアプローチ,その効果的な治療法の開発は大変に遅れているのが現状である。肥満の問題は身体的であるとともに,きわめて「心理的」でもある。本書の日本語版が,肥満治療に携わるすべての臨床家のための実践ガイドとして,少しでも日常臨床に貢献できるならばこれ以上の喜びはない。

2006年夏 小牧 元