序文

 本書は,タビストック・クリニックの他,ロンドン地域のクリニックや学校に,個人精神分析的心理療法のために紹介されてきた,深刻な情緒的剥奪や虐待の体験をもつ,約80名の子どもたちの経験に基づいている。
 ここで紹介する子どもたちは皆,地方公共団体の公的保護の下(in community care)にあった。治療を受けていた時点では,その大半が児童養護施設で暮らしており,里親家庭で暮らしていたのはごく少数であった。彼らは混乱し,崩壊した家族背景をもち,半数近くの子どもの両親は,物事にうまく対処することができないが,それに対して何のサポートも受けられないでいた。子どもたちの多くは,虐待やネグレクトを経験していた。
 そのような背景をもつ子どもたちは,これまで心理療法の適用とは考えられていなかった。それは,現実的な問題もさることながら,心理療法を受けるにはあまりにも情緒的なダメージを受けているとみなされていたからだ。
 公的保護の下にある子どもたちには,情緒障害や行動障害が,常に高い割合で存在することを,さまざまな調査研究が示している。近年の,里親家庭や養子縁組制度への投資による期待にもかかわらず,いまだこの子どもたちが長じて後に,愛情剥奪のサイクルを永続させるリスクが高い。つまり,不適切な,あるいは虐待的な親となり,次の世代の情緒障害の子どもを生み出していくのである。
 イギリスで出版された社会科学調査協議会の報告(the Social Science Research Council, 1980)は,公的保護の下にある子どもたちが必要としているものについて調査すること,すなわち,私たちが「これらの子どもたちの経験と生活の質」を知るのに役立つような,「うまくかみ合った記述的な研究」をするよう,呼びかけている。そのような研究を通じて,私たちが,「子どもが保護下に置かれた時点よりも,さらに困難でダメージを受けた状態ではなく,情緒的にも知的にも強くなって」,公的保護の下を巣立つことができるようなものを提供できるようになることが望まれる。
 精神分析的心理療法は,ここで示唆された,情緒的にも知的にも強くなることを目的としたひとつの治療方法である。それは,意識レベルと無意識レベルの両方で,子どもが感じ,経験したことを深く探求することを目的とする。心理療法は,比較的長期間かかるため,私たちに長期にわたる研究の機会を与えてくれることになる。そして,多くの場合,子どもたちの人生の変転が明らかになる。
 第1章では,児童心理療法士が,近年,深刻な情緒的剥奪を受けた子どもたちの治療にかかわる機会が増加してきた経緯,そしてそこから得られた経験を検討し,見直すために,多職種(multi-disciplinary)ワークショップが設立されるようになった経緯について述べる。
 そして,以後の章では,実際の心理療法から具体的な素材を呈示し,それに関連する理論的・技法的問題について論じる。後半の章では,多職種チームのメンバーからの,なくてはならない援助や寄与について,具体例を挙げながら記述する。
 筆者らは,こうした子どもたちの内的世界の経験を読者と共有することを通して,剥奪された子どもたちが必要としていることに関する研究にわずかでも貢献できるよう願っている。
 人生に傷つき,幻滅した子どもの心に触れ,関係を築き上げることに,しばしば痛みを伴いつつ苦闘する心理療法士の経験は,多くの場合,こうした子どもが抱く対人関係の質に関して,非常に詳細な素材を提供してくれる。そして,それは,このような子どもたちと親密にかかわるすべての人にとって参考になると思われる。
 とくに第7,13,14章は,心理療法とは別の文脈で,剥奪された子どもたちにかかわる仕事をする人にとっても,本書が役立つことを願って考察されたものである。第15章では,この領域で仕事をする人が皆,感じざるをえないであろう強い感情に,とくに注目する。
 筆者らは,これらの臨床素材が,剥奪に対するさまざまに異なる反応について,私たちの理解をより深めてくれることを願っている。それは,心理療法を受ける機会を得た子どもたちのみならず,そのような機会を得られなかった,多くの子どもたちこそが必要としていることをもっと十分に提供していくために役立つかもしれないからである。