はじめに

 平成17(2005)年4月,いたるところで行われていた「連携」に水を差す出来事がありました。それが「個人情報の保護に関する法律」の施行です。「あらかじめ本人の同意を得ないで,個人データを第三者に提供してはならない」というこの法律では,本人以外はすべて第三者と規定していますから,家族や上司にも本人の同意がないとなると病状説明ができないのです。ですから施行後は,市町村保健師などからの情報提供や問い合わせがなくなりました。また退院後の生活に援助が必要なケースには,外部機関との連絡調整会議などを開き,さまざまな調整を行ってきましたが,これも本人の同意が得られなければ開けないのです。保健師を通して地域の不安を痛いほど感じながらも,本人から同意を得られるように説得するほかないのです。しかし,連絡調整会議を開かなければならないような患者さんの多くは強制入院(措置入院や医療保護入院)ですから,実のところ人をあまり信用していません。説得している間に退院日を迎えてしまい,保健師から「地域の準備もしないまま,よく退院させるわね」と叱られたこともあります。しかし,その後もその保健師とは「連携」を続けなければならないのです。
 わが国における医療連携政策の始まりは,昭和60(1985)年の第一次医療法改正で導入された「地域医療計画」制度に遡るといわれています。以後,数度の医療法改正や診療報酬制度の見直しにより,施設一貫型医療から地域一貫型医療へと転換が図られてきました。連携が注目されるようになったのは第三次改正(1998)の総合病院制度を廃止して,「地域医療支援病院」(診療所や中小病院からの紹介患者を一定比率以上受け入れ,これらの医療機関と連携・支援する病院)を新設したこと,そして2000(平成12)年にスタートした介護保険でしょう。さらには2000年4月第4次改正の診療報酬改定で新設された「急性期特定入院加算(地域における高度な急性期入院治療を行う実施体制,地域医療との連携,及び診療実績評価のための基盤整理に着目して評価するために新設された制度)」の算定要件の一つに「地域医療連携室」の設置が規定されたことも大きかったと思います。現在では,ほとんどの病院に「地域連携室」が設置されているのは皆さんもご存知のことでしょう。
 しかし「連携」は公衆衛生や社会福祉領域では,昔から当たり前に行ってきたことで決して特殊なことではありません。実際に連携を行っている方たちに,大切なことは何かと聞いてみると,ほとんど全員が「人との繋がり(face to face)」と口を揃えます。つまり連携は「機関と機関」ではなく,「個人と個人」との繋がり,つまり「人」依存であるというのです。私もそれには同感です。連携がうまくいくようになると,今まで難しかった問題があっという間に解決できたりするのです。それを喜んでいると主要な連携相手が転勤し,そのコミュニティから去ってしまったため機能停止に陥ることが珍しくありません。そこで,被害を最小限にするために,相手先に「連携の担当係」などを明文化してもらい,たとえ担当者が転勤したとしても組織内で引き継ぎをしてもらうなどの働きかけも必要なことだと思います。
 複雑怪奇な精神科臨床において,連携は究極の治療技術かもしれません。自分にテクニックがなくても連携先をいくつも持っていれば自分が助かるし,もちろん患者さんの利益に繋がります。ところが連携を「機関」として考えていると,相手の顔を見ないまま文書や電話,ファックスで情報提供をすることが普通になってしまいます。連携相手の個人的な背景はともかく,その職種特有の「ものの見方・考え方」にもまるで無頓着になってしまうのです。かくいう私も実は詳しくありません。そこでこの際,精神科援助職にはどんなものがあって,どんな職場で働いていて,表には出ないけれど組織の中ではこんな苦労もあるんだよ,という暴露話をまとめてみようということになりました。そして暴露話だけでは不親切なので,精神科臨床に入ろうという奇特な人のために「基礎的な技術や心構え」もサービスしちゃえとなりました。こんな話を執筆者を前に大学病院近くの居酒屋で熱く語ったものの,あれから2年。ほとんどの先生には一生懸命書いてくださったにも関わらず,「面白くないから書き直し!」と,鬼のように命じました。実際に泣きながらも筆を走らせてくれた先生方,勘弁してください。学術的な価値より,笑いを優先しているのです。また最後まで励まし続けてくださった金剛出版の山内俊介さん,本当にありがとうございました。お陰で讃岐うどんのように腰のある本になりました。本書は,連携をすでに実践されている方にはもちろんのこと,これから始めようとする方にもきっと役に立つことでしょう。
 本書は2部構成で,第1部は理論編。対人援助職に共通した「援助のコツ」,援助職に必要不可欠なものの見方として「システムズアプローチ」を提案しています。さらには他の援助職にも明日から即使える内容の「病棟(医)の心得」など。第1部は,うどんといっても海老天や山菜がどっさり盛り付けてあり,とても豪華なものです。ゆっくり味わってみてください。
 続いて第2部は,援助者のホンネ編。精神科医療の第一線で活躍する著名な医師,看護師,作業療法士,臨床心理士,精神保健福祉士,さらに直接精神科には関わらないものの連携する援助職として,社会福祉士,保健師,養護教諭,教育相談担当教諭の先生方に,「自らの仕事と資格」「大切にしていること(仕事のやりかた)」「他の援助職に望むこと」などを赤裸々に語っていただきました。通常は酒の席で,ようやく聞きだせるような苦労話の数々を惜しげもなく披露していただいています。おそらく執筆の先生方は,これを書くためにはかなりのお酒を必要としたのではなかろうかと私は睨んでいます。これは素うどんですが,カツオと昆布のダシのきいたおつゆで,何杯でもお替りしてしまいます。
 執筆陣の先生方は,臨床20年以上というベテランであり,どうしてその仕事に就いたのかという個人的な背景に加え,その資格ならではの悩みや解決方法なども知ることができます。行間から汗や涙を是非感じ取ってください。医師,ソーシャルワーカー,心理士,教師,保健師,看護師,作業療法士,等広くお勧めしたい一冊です。

編者を代表して  野坂達志