まえがき

 精神障害の援助の問題を,医療だけでなく福祉的な関与から考えようという動きはすでに当たり前のものになっています。ですがその動きが始まった十数年前,「病院から地域へ」という言葉を聞いたとき,当時病院スタッフとしてソーシャルワーカーをしていた私にはとても衝撃的なものに聞こえました。このような流れに乗って私は思い切って病院を辞め,作業所活動を開始しました。「友の家」という憩いの場や,当事者の自主運営を強調した作業所作りなどを行い,その後いろいろと回り道はあったのですが,現在東京都下のある町で社会福祉法人を設立し,「作業所ラ・ドロン」と「グループホーム・エスポワール」を運営しています。ここでのスタッフ‐メンバー(利用者)関係の経験が本書の内容となっています。

 さて,精神科には「治療」の曖昧さ,歯切れの悪さがあります。他の診療科目では病気の基礎となる指数,例えば血液のデータや腫瘍の存在,代謝の異常の有無が明確です。同様に治療方法,回復の指数などもはっきりしています。それに対して精神科は,急性期の状態は比較的わかりやすいものの,慢性期になると,病気なのか,病気とすればどのような病気なのか,どのように回復するのか,また,心理的破綻状態の継続状態なのか,器質的な症状の持続なのか,ということが問題にされます。またそれとも障害なのか,性格なのか,生き方なのか,あるいは治療の失敗なのか,治る気を失ってしまったのか,社会的役割が固定化されたのか,といった見方も可能です。こうしたところが他の診療科目と違って割り切れない曖昧なものとして映る理由でしょう。
 また,精神科の場合,治療者のかかわり方によって,治療の内容も方法も治り方も違います。精神科医だけでなく,パラメディカル・スタッフと呼ばれる看護師やソーシャルワーカー,臨床心理士のかかわり方も,その人とクライエントとの相性や病気への考え方によって変わってきますし,治療を総括する精神科医とこれらスタッフとの人間関係によっても変わってしまうのです。ソーシャルワーカーや臨床心理士を重用する医師もいれば,そうでない医師もいます。医師やパラメディカル・スタッフに能力があり,チームワークがとれ,それぞれ十分に力を発揮できれば最良の治療環境となりますが,経験が足りなかったり,チーム間に齟齬が生じたりといったこともないとは言えず,それこそスタッフ間の人間関係の問題がクライエントの治療に悪影響を与える場合も少なくありません。
 スタッフは,クライエントの「自己決定の尊重」とか,「自己実現」,「不利益の改善」ということを治療的かかわりの中心においていますが,こうした「お題目」の定義もまた曖昧なものです。理念をスタッフが共有しているつもりでも,現実に見れば,例えば一般成人の「自己実現」と知的な障害がある者の「自己実現」に違いがあることは明白です。クライエント一人ひとりにそれぞれの置かれている現実があり,いつもその理念が当てはまるとは限りません。また援助は,純粋に技法や方法の問題としてあるのではなく,その時々の医療,福祉的制度や社会環境などの制約を受けています。そのため常に柔軟で社会的な視点を持ってクライエントと向き合う必要があるのです。

 精神保健領域では,「クライエント」や「患者さん」とは呼ばず,「メンバー」と呼びます。わずらう人でもなく,お客さんでもなく,「メンバー」と呼ぶことに大きな意味があります。障害者とかかわるとき,医学モデルやカウンセリングや各種のセラピーでの「治療者‐クライエント関係」を一つのモデルとして活用していくことが考えられますが,作業所活動など地域での非医療的な精神保健活動では,この関係だけでは進められないことに気づかされます。共感や癒しだけでなく,支援とか援助とか教育などの方向にウエイトをかけざるをえないのです。「いま・ここに」に拘泥する洞察や支持だけではなく,未来志向の具体的生き方,新たな人間関係の創造,展望や希望などを持つ必要があるのです。それがなければ,現実の生活を進めていくことはできないように思います。それをともにする仲間だから,私たちはメンバーと呼ぶのです。
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 「精神障害者」の地域作業所やデイケアは,近年飛躍的に増加しました1970年代後半から全国各地に「精神障害者」の居場所として,社会復帰の場として,リハビリテーションの場として増加の一途をたどっています。
 例えば,作業所の設置数のもっとも多い東京都では,平成17(2005)年度で180カ所あり,これに通所授産施設(小規模授産施設を含む)や福祉工場,生活支援センターなどを加えると,300カ所以上となります。また東京都の精神科デイケアの実施機関は200カ所,ナイトケアなどを含めば230カ所と(全家連「道しるべ」2005年より)なっています。
こうした社会復帰の場は,旧来,「精神障害者」を地域で支えてゆくシステムが病院(入院)か,家庭(社会復帰)かという狭い選択しかなかった中,専門家や家族,関係者が工夫して作り上げた,貴重な我が国特有の社会資源と言えるものです。作業所とデイケアは,一方は社会福祉の場として生活援助を,もう一方は医療の場として治療を担うというように区別してとらえられがちですが,地域において「精神障害者」が自立し豊かな社会生活を送ることを援助するという視点から見れば,そのかかわりは同じように思えます。デイケアは病院で行われ医療行為とされているものの,狭義の医療の概念に収まらない「治療」です。数名から十数名の精神障害者が集まり,生活を支え,人間関係をつくり,創造的な体験を重ねられる,といった利点があります。これは作業所も同様で,とりわけ「グループワーク」という点では両者の共通点が多いので,本書では両者を一つにまとめて述べることにします。
 ご存知の通り,精神障害者への社会復帰活動には,個別の相談・支援活動と並んで,集団(グループ)としての形態を活用した援助が活発に行われています。その代表的な活動が「作業所」であり,「デイケア」です。こうした活動をグループワークと呼び,集団構成員(メンバー)の相互交流と相互作用の力を利用して集団の課題の達成を実現してゆき,なおかつそれを通して個々人の社会への復帰が目指されるのです。
 現在,多くのデイケアや作業所が運営されておりますが,「精神障害者」グループへの「かかわり方(援助技術)」やその「プロセス」「効果」などについて考察を深めた研究・調査はあまり多くありません。とりわけ「作業所」に代表される地域の援助活動への研究は,かかわる人たちの献身的で熱心な努力とその活動の幅の広さにもかかわらず,立ち遅れています。ですから本書では,精神障害を抱えて社会の中で不利益をこうむっている人たちが,その立場から「自立」と「社会参加」を目指すとき,福祉的なスタッフとしてどのように援助してゆくかというその「かかわり方」を考察してゆきたいと思います。またグループワークやグループミーティング活動についても紙面を割いておりますので,治療的なグループから当事者によるセルフヘルプグループまで,幅広く活用していただけるのではないかと思っています。
 本書がこれらの活動をさらに発展させてゆく一助になれば幸いです。

中村正利