はじめに

 最近,テレビや新聞,雑誌などでは摂食障害についての関心が高まっていますが,このようなメディアの関心は過食症についての正しい情報を提供するというよりはむしろ,これを美化する傾向にあるようです。多くの人にとって,過食症はいまだに謎に包まれた病気です。また,過食症の原因や健康上のリスク,どうすれば克服できるかという問題については,誤解や間違った情報が氾濫しています。患者さんの住む地域によっては,いまだに専門的な治療を受けることがむずかしい状況です。また,友だちや家族はどのように援助すればよいのかわからず,途方に暮れてしまうこともよくあります。摂食障害をかかえる人に対して冷たい態度をとる医師もいて,患者さんの罪悪感や孤独感を強めてしまう場合もあります。
 この本はもともと,モーズレイ病院の摂食障害外来に通院している過食症の患者さんのために書かれたものです。私たちが診ている患者さんの多くは,この病気がもつさまざまな側面についての基本的な情報と,どのようにすれば克服できるかについての簡潔で具体的なアドバイスを求めています。私たちの外来や他の摂食障害のクリニックで行なわれている精神療法のプログラムは,このような課題に取り組もうとしています。この本には,私たちが過食症の治療において欠かせないと考えていることが簡潔にまとめられています。この本は私たちの外来を訪れる多くの摂食障害の患者さんに手渡されていますが,この本の内容に対するポジティブな反響に私たちはとても勇気づけられてきました。患者さんの多くはこの本を読むことによって,摂食障害に立ち向かう力や,さらには人生におけるさまざまな困難を解決する力を得ることができたと感じました。また,自分がどうしたいのかまだよくわからないという患者さんにとっても,この本は自分の問題をよりよく理解し,治療を受けるべきかどうかを決めるための手助けとなりました。
 この本はまた,あなたが回復へと向かう旅をするのを手伝うガイドブックとなることでしょう。変化するための旅に出るのはあなた自身ですが,私たちはそのための地図を提供し,旅の途中での危険や落とし穴を指し示したいと思っています。
 過食症という,今まで慣れ親しんできた世界で暮らす安心感を手放して旅立つことに,あなたは複雑な気持ちを抱いていることでしょう。あなたは現状が危険に囲まれているとわかっていても,今まではその危険が目に入らないように煙幕を張ってきたのかもしれませんね。慰めも保護も得られないかもしれない新しい世界に入って行くのは,とても恐ろしいことだと思います。この本には,あなたよりも一足先に回復への旅をした人たちの体験談がたくさん収められています。多くの患者さんが,この本の作成にあたって協力してくれたのです。あなたと同じように苦しんでいる人がいるということを知ってもらうために,その体験や苦しみをこの本の中で紹介しました。
 この本は,あなたが自滅的な思考パターンに陥らないように手助けしてくれます。この本には回復への旅をするのに必要な道具が収められています。過食症のままでいれば短期的にはプラスになることもあるかもしれませんが,それをよりよい,より長続きする他の何かに置き換えるために,あなたがどのように変化すればよいのかをこの本は教えてくれるでしょう。
 この本を用いることで,あなたは旅の途中での困難を予測し,それに備えることができるでしょう。最初は不快なことが起きるかもしれません。例えば,慣れない運動をすると,今まで使っていなかった筋肉を使うので,一時的に筋肉痛が生じるのと同じです。しかし,最終的には自分自身の新たな長所を発見できることでしょう。
 誰もが最初からうまくいくとは限りません。失敗や再発はつきものです。しかし,失敗や再発からあなたは何かを学べるはずです。思うように変化の過程を進むことができず,ゴールに達するためには何度もチャレンジを繰り返さなければならない人もいるでしょう。一方で,比較的容易に旅を終える人もいるかもしれません。
 回復への旅がどれくらい長くかかるかは,人によってさまざまです。3カ月というのが平均的な期間だと考えられています。しかし,一度旅を終えても,過食症が再発しないようにするために,その後の数年間は時々この本を読み返してみる方がよいでしょう。
 「自分ではどうすることもできないわ。トライしてみたけれど,私の問題は深刻すぎるのよ。誰かに代わって欲しいくらいだわ」とあなたは思うかもしれませんね。しかし,どのような治療法も,あなた自身が積極的に取り組まなければうまくいかないものです。あなたが真剣に取り組めば取り組むほど,過食症を克服できる可能性が高くなるのです。あなたはすぐにでも始めたいと思っているかもしれませんね。しかし,私たちはあなたがこの本を読んで頭で理解したからといって,ただちに過食症から回復すると思っているわけではありません。まず,乱れた食事パターンを改善しようと決心すれば,それは回復への旅の重要な第一歩を踏み出したことになり,旅が終わる頃にはあなたはより自由に,より自信が持てるようになっていることでしょう。
いくつかの注意点
 摂食障害の患者さんの多くは,家族やパートナーに説得されてはじめて自分のかかえる問題に取り組み始めます。しかし,この本が役に立つのは,「あなた自身」が「自分のため」に本気でよくなりたいと思っている場合だけです。変化するための心の準備ができていなかったり,誰か他の人のために変化したいというだけでは,この本は役に立ちません。心の準備ができているのかどうかを確かめるために,第1章を読んであなたの「過食症バランスシート」(19ページを参照)を作り,いつでもそれを見ることができるように,バッグかポケットに入れて 持ち歩くようにしてください。
これからの数週間は,むずかしいことを数多く行なうように指示されるでしょう。「よくなりたい」と固く決心していたとしても,道のりはけっして平坦ではありません。上手に乗り切るための最善の方法は,うまくいかない日があったとしても,終わってしまったことはくよくよ考えないことです。
あなたはこの本をあたかも過食するかのように短時間で一気に読んでしまい,部屋の隅に放り 投げて,「こんなことは全部知っていた」と思うかもしれませんね。しかし,自分自身に正直になれば,それは真実ではないということに気づくでしょう。ですから,各章をゆっくりと消化しながら読み進んでいってください。
この本によってできること,できないこと
 この本を読むとすぐに過食症がすっかり治ってしまうというわけではありません。しかし,この本はあなたの病気がよくなることを手助けしてくれ,その結果,あなたは摂食障害によって支配された人生から抜け出すことができるでしょう。この本は,なぜあなたが摂食障害になったのかを理解するために書かれたものではありません。原因を理解することは困難であることが多く,また,それには時間がかかるものです。原因がまったくわからないこともあります。摂食障害になった原因を理解することは重要なことですが,原因がわかったからといって摂食障害の症状が改善するというわけではありません。この本の目的は,摂食障害をかかえる人がその症状を改善して,自分らしく生活することができるようになることを手助けすることにあります。摂食障害の症状がいったん改善すれば,根底にある原因がはっきりと浮かび上がってくることがよくあります。その時点で,明らかになった原因に対してさらに治療が必要かどうかを判断することができるでしょう。
(文献略)