はじめに

 ちょっと見たところでは,スティーブとブランディには共通点といえるようなものは何もなかった。そのときスティーブは25歳で,彼の人生はまさに長いトラブル続きの歴史といってよかった。彼がその自己破壊的行動により初めて精神科に入院することになったのは,15歳のときであった。それからの数年間というもの,彼はさまざまな精神医学的診断をうけた。双極性障害,境界性パーソナリティ障害,外傷後ストレス障害……などなど。スティーブは,離婚,暴力,アルコール乱用といった問題が吹き荒れる,混乱した家族のなかで生まれ育った。さらに不幸なことに,彼は,8歳〜12歳のあいだ,叔父からの性的虐待の被害を体験した。その後,地域において数々の非行や問題行動をくりかえした果てに,現在,彼は成人を対象とする精神保健システムのなかで支援を受けている。彼は住居支援プログラムが提供する施設に住んで,安定した生活を送るべく努力をつづけている。その甲斐あって,最近ではパートタイムで働くことができている。
 ブランディのプロフィールは,スティーブとはまた全然違うものであった。16歳から今日まで彼女が抱えてきた生活上のフラストレーションなど,少なくともスティーブに比べれば,取るに足らないものといってよかった。彼女は,何ひとつ問題のない家族のなかで生まれ育った。両親はいつでも彼女のことを気にかけ,彼女を養育することに熱心にかかわってきた。彼女にはこれといったトラウマを受けた経験もなく,精神医学的診断を受けたこともない。それどころか,彼女には多くの長所があった。彼女は,高校における最初の学年では,学業成績にAとBしかないという優秀な生徒であった。彼女には,週末ごとに一緒にすごす親密な友人が何人かおり,高校のソフトボール・チームでは,花形ピッチャーでもあった。
 ならば,一体どこでスティーブとブランディの人生は交差するのであろうか? 2人は決してこれまで出会ったことはなく,そしてふつうに考えれば,これからも出会うことはない生き方をたどっているように思われるのだが,実際には,現在進行形で人を驚かせるようなジレンマを共有している。そう,スティーブとブランディの2人は,いずれも週に数回,自らを切っているのである。たいていは自分の前腕か脚を切り,年に何回かは挿話的に自分の身体を火で炙って火傷を負わせたりもする。
だが,2人に共通しているのは,それだけではない。彼らには,しばしば強烈な不快感情に襲われるという精神的特徴があり,そうした事態に対処する方法に苦慮した末に,最善の対処方法として自傷をはじめたという経緯がある。そして現在,2人は,自分たちの問題に何らかの答えを得ようとして,治療プログラムに参加している。彼らの問題とは,自分たちがこれまで身体につけた傷痕だけにとどまるものではない。なぜならそうした傷痕は,いまも増えつづけていて,もはや自分でそれを制御することができない状況にあるからである。
 私が本書を執筆しようと思い立ったのは,このスティーブやブランディのような人たちが抱える問題にとりくむ専門家を手助けしたいという思いからであった。本書を書くにあたっては,自傷する人たちの問題と向き合う,精神保健領域の臨床家,学校職員,その他のさまざまな専門家といった,幅広い分野におよぶ読者層を念頭に置いた。本書の目的は,自傷をいかに理解し,マネージメントし,そして治療をしていくかという問題に対して,実践的な示唆を提供することにある。本書では,典型的でない事例,あるいは,きわめて重篤な事例のみならず,より一般的な様式の自傷もとりあげている。ただし,自閉症や精神遅滞,あるいはその他の発達障害でみられる自傷については論じていない。
一般的な様式の自傷とは何か? 例をあげれば,それには,手首や腕,あるいは脚を引っかいたり切ったりする行為,みずから自分の身体を火傷させる行為,傷口をこする行為,自分を殴る行為,自分を噛む行為(他にも多くの様式があるが)がある。不幸なことに,自傷は,中学・高校,大学,クリニック,個人療法家の臨床実践といった多岐にわたる場所で,増加の一途をたどっているという現状にある。しかしその一方で,この問題は,対応が困難をきわめる人たちを扱うプログラム―特殊教育,グループホーム,デイケア,精神科入院病棟,矯正施設など―においては,かなり以前からその存在を知られていた。
 私が本書を執筆するうえで支えとなっているのは,1970年代後半以降,セラピストとして自傷する者たちの問題にとりくんできたという,私自身の臨床経験である。私はこれまで,青年および成人の自傷者に関する数多くの実証的研究を行い,また国際的なワークショップでの講演を,それこそ何百回と行ってきた。本書には,私の経験だけでなく,膨大な量の自傷に関する文献にもとづく知見を十分に盛り込んであるし,最新のエビデンスにもとづいた治療戦略を紹介することにも力を注いである。
本書は3部から構成されている。第Ⅰ部では,自傷を定義し,自殺との違いや,さまざまな様式の自分を傷つける行動における自傷の位置づけを明らかにし,自傷を呈しやすい集団を同定し,さらにタトゥやボディピアッシングといった身体改造と自傷との違いを明らかにした。
 第Ⅱ部は,本書における,いわば肝の部分である。そこでは数多くの症例を提示し,そのアセスメントと治療について詳しく論じている。本書では,なぜ自傷が起こるのかという問題について,生物−心理−社会モデルを援用している。この視点に依拠しているために,私が推奨するアセスメントと治療の技法の多くは,必然的に精神薬理学的および認知行動療法的な方法による介入ということになる。心理学的な治療について論じる際には,もっとも基本的な技法からはじめて,最終的にはもっとも複雑な技法へといたるように配慮した。私はまず,自傷する人との初回面接では,控えめで冷静な態度が重要であることを主張した。次いでアセスメントに関する論考では,クライエントとその自傷のパターンを理解するうえで重要な,多くの注意点を指摘した。さらに,より形式に則ったかたちで治療的介入を行う場合には,まずは随伴性マネージメント法を検討することからはじめることを提言し,それにつづくいくつかの章では,置換スキルトレーニング,認知療法,身体イメージ・ワーク,曝露療法に紙数を割いた。そのなかでは,家族療法的アプローチについても言及し,ゴードン・ハーパー医師に精神薬理学的な治療に関する章を執筆してもらった。また最後の1章では,自傷行為に直面したセラピストをはじめとする援助者が示しやすい陰性感情反応を,いかにして克服するかという問題をとりあげた。
 本書の最後のセクションにあたる第Ⅲ部では,いくつかの特殊な問題をとりあげてみた。こうした問題のなかで,まず第一に取り上げなければならない困難な問題は,自傷の伝染もしくは流行である。この伝染の問題は,通常,青年たちのグループにおいて見られるものであるが,本書では,関連する実証的な研究をレビューし,伝染現象が実際に起こった例をいくつか提示したうえで論じている。この章の後には,公立の学校において自傷の伝染を予防し,自傷に対処するうえで,有効なプロトコールも提示した。このプロトコールで用いられている原則は,グループホーム,寄宿制の学校,入院病棟のような状況でも応用することができる。最後に,広範な組織損傷や眼・顔面,性器といった部位への自傷としてみられる,「重篤な自傷major self-injury」を,いかにして理解し,かつ予防・治療するのかという問題についても論じておいた(訳者注:今回の翻訳では,「重篤な自傷」について論じている,第18章の訳出は,割愛させていただいた)。そうした行動は,たいてい,重篤な精神病理,広範な領域におよぶ外傷的体験,あるいは極度に苛酷な環境と関係がある。
 最後に,私の思いを記しておきたい。私は,本書が2種類の専門家の役に立つことを願っている。第一に,精神保健分野におけるきわめて困難な自傷者(スティーブのような人たち)を治療にたずさわる者である。第二に,もう少し健康度が高い新世代の自傷者たち(ブランディのような人たち)の問題にとりくむ者である。この2つのタイプのクライエントには,敬意と思いやりの気持ちを持って,効果的なケアを提供するように努めなければならない。私はそのように考えている。本書が,こうした心理療法の重要な目的に,多少なりとも寄与することを願ってやまない。