本書推薦のことば

 鶴さんの単独による著書がここへ来てやっと出版されるという。これまでの彼女の研究と臨床の実践歴からすれば,もう何冊目かの単著になっていて然るべきであるのに,今回やっと処女作というのは驚きである。それも秋田大学の定年退職を機会の,自らのための心祝いのつもりだという。
 すでにたくさんのオリジナルな研究論文・臨床報告を出して,誰の目にもこの分野の第一級リーダーとして名実共に備わっている。外見ではまさに才気煥発,決断も早く,仕事の手際よさは他に類を見ない処ながら,内実は驚くほど控え目で慎重,周りへの心配りも細心,自らを律するに到っては,傍目にもやきもきさせられる処である。日頃のそんな彼女を見ているだけに,今回の出版は,ここへ来てやむを得ずの一大決断だったに違いない。

 省みれば,私が九州大学へ助教授として赴任したのは1962年,その直後から,木曜研究会と称して臨床心理の勉強会をはじめたが,そこでは九大の学生だけでなく,お隣の福岡教育大学の学生たちも参加して,自由・活発な議論が展開していた。その中の一人が鶴光代さんで,彼女はその後,九大の大学院に入学。当時の九大では,女性の大学院は修士まで。博士課程は必要ないという雰囲気だったが,鶴さんの受験成績で,さすがの明治生まれ教授陣も折れて,心理学科初めての女性博士課程学生となった。

 ちょうどそのころから,私の研究室を挙げて脳性マヒの子のための訓練が始まった。本格的な宿泊集中訓練の第1回目は10日間だったが,この難行苦行に耐え抜いた仲間のうちに鶴さんがいて,グループ・リーダーとして振るった腕前は今なお耳朶に新しい。その後20年ほどの間,脳性マヒの子の訓練の方法やら理論をみんなで作ってゆくに当たって,その進歩に重要な役割を果たしてくれた彼女の貢献は決して忘れられない。
 その後,自閉症や筋ジストロフィーその他の障害児たちに対象を広げる度に,自信がなくて戸惑っている私に積極的な取り組みを勧め,自らその訓練の仕方を拓いていってくれたのも他ならぬ彼女であった。
 そうした障害児を対象とする訓練から普通一般の人に対する治療や援助の方法を拓こうというときのこの人の貢献はどうしても忘れることができない。心理療法の対象としてはこれまで最後の段階で成否を問われ,結局は諦めることになりやすかった統合失調症(当時は精神分裂症)という難物に取り組んで,本書にも載せられている成功例は,一挙に我が研究室の全員に強烈な刺激を与えることになり,それぞれの持つさまざまなノイローゼやらひきこもり・不登校,自己臭や書痙,どもりや肩凝り・腰痛などに積極的な取り組みを促進する貴重な契機となった。
 最近は年間5−6回の宿泊による2日間臨床動作法の研修会を行うが,それはほとんど彼女の企画による。そこで私の基本的な考え方を話すのだが,話した後,監視者の鶴さんからそれについて理論上の疑問や方法上の利点・欠点を具に挙げられるので,私としても油断なく考察・反省を常に加えざるを得ず,けっきょく研修会では毎回毎回新しい考えや技法を編み出さざるを得ない。ここ10年ほどはこんな格好で油断もできず,お陰でこの期間ちゅうに臨床動作法の理論も技法も,初期に較べたら驚くほどに長足の進歩を遂げ得たものと自負している。まさかこの歳になってまで,こういう形で年中鍛えられることになろうとは思いもよらないことであったが,それだけにこの機会に改めて鶴さんに重々の感謝を申し上げる次第である。
 脳性マヒの子の訓練を気づかせてくれた催眠現象にも造詣が深く,日本教育催眠学会の理事長を務め,今も日本催眠医学心理学会の理事長として,この分野に重要な貢献を尽くしている鶴さんは,私どもが日本心理臨床学会を創設し,第1回の学会大会を九大で開催した時,中心的な役割を担ってくれて以来,日本臨床心理士会の設立に当たって少なからぬ貢献を尽くし,最近まで副会長として活躍してきた。その鶴さんが,この度ははしなくも日本心理臨床学会の理事長として登場,我が国心理学関係諸学会中最大の学会の長として国内・国外に向けての代表の顔になりながら,いまなお自らの主題とする臨床動作法の研究を怠らないこの人には,こころからの敬意を惜しまない。と同時に,今後さらにいっそう発展・大成されることを祈ってやまない。
 こうして重要な公的役割を果たしながら,研究者としての業績を重ねている鶴光代さんが,自らの研究・経験の蓄積を省みてぜひとも広く関係者に告げたいという思いを,いわば臨床動作法のエッセンスとして一冊に纏めたこの著書は,臨床動作法に関心を抱く研究者にはもちろん,広く臨床心理学分野の理論を求める人にも,あるいは臨床一般の実践家にとっても,広く新鮮な目を開かせてくれるに違いない。
 本書の出版をこころから祝い,著者の経験と人柄を紹介しながら,茲にこの本の内容を推薦し,その一読を熱く勧める次第である。

2007年2月5日 成瀬 悟策