まえがき

 先にわれわれは「ロールシャッハ・テスト実施法」において,ロールシャッハ・テストの研究者や,このテストを用いる心理臨床家にとって,今日,共通言語となりつつある包括システムを,わが国の被検者に実施し,コード化し,構造一覧表を作成するまでの過程を明らかにした。本書は,この結果を基にしてパーソナリティを理解するための解釈法を述べたものである。
 ロールシャッハ・テストは,同じインクブロットを用いることを除き,テスト結果の解釈にも一定の方法は存在しない。しかし,重点の置き方に違いが見られるものの,かつてクロッパー(Klopfer, B.)がロールシャッハ・テストの解釈を,量的分析と系列分析(クロッパーはここにいわゆる内容分析も含めている)の統合にあると述べたように,このテストの解釈は,量的アプローチ(構造分析)と系列分析と内容分析という質的アプローチの統合によって行われている。実際の解釈過程では,両者を明確に区別できないし,対比すべきものでもないが,多くの心理臨床家は量的アプローチによって解釈を始め,被検者のパーソナリティの大枠を理解し,質的アプローチによって被検者のパーソナリティをより緻密に理解していくといえる。
 この量的アプローチに重点をおく構造分析が,サイエンス的なアプローチとすれば,系列分析と内容分析は,よりアート的なアプローチであるといえる。エクスナー(Exner, J.)に始まる包括システムもサイエンス的アプローチとアート的アプローチを統合して,ロールシャッハ・テストの結果を解釈する点では,これまでの解釈法と違いはない。包括システムが他の解釈法と異なるのは,実証的数値による量的アプローチによる構造分析を行うことと,実証的根拠に基づいた一定の解釈順序に従い,段階(ステップ)をおって解釈仮説を立て統合していく点である。これまでロールシャッハ・テストの解釈には,多くの臨床経験や,特定のパーソナリティ理論の習得が必要であり,その解釈は容易でないと考えられがちであった。しかし包括システムの客観的な数値に基づく構造分析から始め,段階をおって解釈を進める方法によれば,ロールシャッハ・テストに習熟していない心理臨床家でも,このテストが提供する重要な情報を見落とすことがなく,臨床面で必要な最小限の解釈が可能となる。さらに心理臨床家が経験を積むにつれ,このサイエンス的アプローチの基盤に立ちながら,アート的アプローチを行うことで,クライエントについて,多面的な,より多くの,より深い情報を得ることが可能となる。
 つまり包括システムの解釈は,実証的基盤に基づく7つのクラスターに属する変数を中心に,一定の順序で段階(ステップ)をおって変数を検討していくので,一定の水準までの解釈は客観的・容易に行える特徴がある。系統的解釈によることで,ロールシャッハ・テストの初学者であっても,解釈に重要な情報(変数)を見落とすことなく,「クライエントがどのように世界を知覚し,どのように思考しているか,他者といかに関係しようとし,自己をどのように眺め,いかに感情を調節し,ストレスを統制し,課題に対処していくか」というパーソナリティ全体の特徴を理解できるし,そこにいたる解釈過程や結果を共有できる長所がある。
 ところで包括システムの解釈仮説をわが国の被検者に適用する時,最も問題となるのは,構造分析において解釈の基準となるアメリカの健常成人の数値である。例えば「自己中心性指標が平均値を越えることは」「ラムダの値が1.0以上の出現率は」「材質反応が0であるなら」などの記述を読む時,文化を異にするわが国の被検者に,アメリカの健常成人の数値をそのまま適用できるのだろうかという疑問が生じる。わが国におけるこれまでの研究でも,平凡反応,反応領域の用い方,形態水準,反応内容など,さまざまな点で日米間の反応には文化による差違が見出されている。これらの点を配慮し,包括システムによるロールシャッハ・テストの結果として,わが国の健常成人が示す変数の数値を明らかにしながら,変数の意味を述べることで,臨床場面におけるこのテストの解釈を有効なものにすることが本書の目的である。
 本書で解釈の基準とした数値は,われわれが実施したわが国の健常成人400人のプロトコル(記録)に基づく資料によっている。また別に,われわれが実施した統合失調症者220人のプロトコルに基づく資料も適宜参考にした。これらのプロトコルは「ロールシャッハ・テスト実施法」の基準に従って実施したプロトコルを,われわれ3人が別個にコードし,合致しない場合は3人で討議して決定したコードによっている。
 なお包括システムの解釈においては,従来いわれている内容分析や系列分析もクラスター内のステップ解釈に含まれるが,参考のために別に章を設け,また最後の章に,包括システムのステップ解釈による事例をあげた。
……(後略)

2007年3月3日 高橋雅春