はじめに

司法臨床とは

 わが国は訴訟社会化の動向をますます強めている。たとえばいじめ問題にしても,いじめる子といじめられる子を「加害者−被害者」の関係に位置付け,いじめる子に出席停止などの処分を課したり,刑事事件や民事事件の対象にしたりしている。確かに,現にいじめられている子を保護して,いじめた子に「罰」を下すためには法的な対応が必要かもしれない。しかし,いじめ問題の解決が困難なのは,誰もがいじめる子やいじめられる子の立場に置かれるというゲーム性を帯びているからである。そうであれば,いじめ問題を単に「加害−被害」の直線的な関係の視点でとらえる法的アプローチだけでは適切な解決だとはいえず,円環的,システム的な関係の視点でとらえる臨床的アプローチの導入が必要になろう。
 たとえばシステム論の観点から,いじめ問題を「子どもサブシステムの自傷行為」としてとらえれば,リストカット(自傷行為)の臨床的理解と対応が有効になる。川谷大治は,リストカット者の心のなかには,「叱る人=切る人(加害者)」と「悪い私=切られる手首(被害者)」の二人が住みついていることを指摘している[川谷大治,2006]。すると自傷行為者の加害者性を排除しようとすることは,人間を部分に分けることに他ならない。そうではなく自傷行為者の治療に求められることは,まさに行為者の内に潜む加害者性と被害者性の和解による人格の統合である。
 いじめ問題として言い換えれば,子どもサブシステムの中を「加害者―被害者」に二分することは,その自傷性を強めてしまい,いじめ問題をさらに深刻化させかねないのである。このように法的アプローチと臨床的アプローチが拮抗する局面は,いじめに限らず,少年非行,児童虐待,離婚,DVなど,まさに司法の領域と密接に関係する問題群に,より顕著に示されるのである。
 本書では,「加害者−被害者」「申立人(原告)−相手方(被告)」という法的な位置関係に置かれる問題群に対して,「法」と「臨床」の両者の交差領域に浮かび上がる問題解決機能によってアプローチすることを「司法臨床」[廣井亮一,2004b]という。今ここで,「司法」と「臨床」によるアプローチではなく,「司法臨床」によるアプローチの必要性を強調する理由は,第一義的には,非行,虐待,DVなどの問題に内在する解決の困難性にある。まず,それぞれの問題を取り上げて司法臨床の必要性を確認する。

司法臨床の対象

1.少年非行
 少年非行はまさに法という社会規範の逸脱行為として立ち上がる問題行動である。それゆえ,非行少年の更生保護は,刑法の特別法として位置付けられている少年法によって行われる。制度として少年司法には福祉・臨床的な性格が付与されているが,あくまでもその基盤は刑事司法にある。ゆえに少年非行に対するアプローチは,青少年期の他の課題や問題行動に対する臨床的知見を必要としながら,その性質を異にする。
 たとえば,非行少年に対する初期介入には好むと好まざるとにかかわらず法的権力が導入されて,少年との間に権力が介在する関係が形成される。そこには権力を基にした威嚇や強制といった意味が附随し,背後には「罰」が見え隠れする。したがって,非行少年との関わりにおいて,権力,威嚇,強制,罰などをどう位置付けるのか,またはどのように臨床的機能に展開させるのかということが問われる。
 また,非行や犯罪は,加害少年と被害者(直接的被害者と間接的被害者)という関係からなる問題行動である。犯罪被害者には刑事司法手続き上,当事者性が認められていないが,修復的司法(restorative justice)の潮流によって,刑事司法のみならず少年司法の枠組みにも被害者の位置付けを明確にすることの重要性が指摘されている[千葉家庭裁判所,2001]。確かに少年審判で犯罪被害者の心情(苦しみ,傷つき)を重視することは,少年保護の理念といささかも矛盾しないばかりか,加害少年の更生と被害者のケアに同時に貢献し得ることが報告されている[秋田家庭裁判所,2002]。しかしそれを成し遂げるための関係性に基づく臨床的視点を明確に維持しないと,昨今の非行少年を取り巻く現状のように,厳罰による応報的,懲罰的な対応に陥りかねない。非行臨床とは,まさに法の枠組みを基盤とした臨床的アプローチなのである。
2.児童虐待
 児童虐待は,親(養育者)から子どもに対する加害行為であり,「虐待する親(加害者)−虐待される子ども(被害者)」という関係図式が成り立つ。2000年に成立した「児童虐待の防止等に関する法律」は,児童虐待に係る立入調査や警察の援助を受けることを可能にし,2004年の一部法改正によって警察に対する援助要請の必要度をさらに強めた。さらに,現行法では立入調査に強制権が伴わないため保護者の抵抗で断念したり,虐待の発見が遅れたりすることが指摘され,児童相談所が裁判所から令状交付を受け,強制的に立ち入ることができるようにする同法の改正案がまとめられた。
 確かに子どもの生命が危機にさらされるような緊急事案では警察官による執行が必要である。しかしそれを敷衍して,児童虐待に対してただ単に法的な力だけで対処して,親と子を強制的に引き離すだけの措置を講じるとすれば,虐待する親はますます子どもにしがみつき,援助の手を拒み,逃げ隠れすることに終始しかねない。
 児童虐待に対するわが国の社会機関の現状は,基本的には,被害者としての子どもを保護することに主眼が置かれたものであり,虐待する親の保護とケアの視点,さらには家族(親子関係)を援助して再構築するという具体的な方法が示されていない。虐待する親のケアと家族の援助は,子どもを保護した後の副次的対応と考えられているにすぎない。実情は,加害者と認定された親は,刑事罰を科せられ,地域社会から非難され,指導を受けることもなく孤立を深める結果を招いているだけである。
 「加害者としての虐待する親」を「子どもの本来の親」にするための臨床的ケアがなされない限り,親から引き離されて施設で生活を続ける子どもは,虐待的な親子関係しか知らずに成長する。その結果,児童虐待の親子関係が再生産されるという,児童虐待の家族の世代間連鎖につながることにもなりかねない。したがって,法を行使して加害者である親に強制的な対応を強めるならば,それと同時並行して臨床的視点から親子関係のケアをさらに施すという司法臨床的アプローチが重要になるのである。
3.ドメスティック・バイオレンス
 児童虐待に関連して,子どもの目の前でドメスティック・バイオレンス(DV)が行われることも児童虐待に含まれるものとされた。2001年に施行されたDV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律)も2004年に一部改正され,離婚後(事実婚状態の解消後も含む)も引き続いて暴力を受ける場合も対象となり,また身体的な暴力だけでなく心身に有害な影響を及ぼす言動も対象となった。このようにDVに対する法規制が強化されると共にその内容には心理臨床に関係する事項がより多く盛り込まれている。法と臨床の両面からのアプローチをさらに必要とするゆえんである。
 DVの問題は,市民の良識(common sense)に基づく解決を重視する家事調停での関与に困惑をもたらしているようである。たとえば,DV男性(夫)に対しては,暴力をふるうほどの,気にくわない女性(妻)なのになぜ早く別れてしまわないのか。DV被害女性(妻)に対しては,なぜ生命が脅かされるほどの事態になるまで逃げ出そうとしなかったのか。また会社など社会的にはきわめて良識的に行動できる男性が家庭内で暴力的になるのは,妻にも何らかの非があるからではないか,などである。
こうした疑問に,米国の心理学者ウォーカー(Walker, L.E.)は,DVの「暴力サイクル理論(the cycle theory violence)」で,暴力的配偶者と被虐待女性の関係が「緊張→暴力による緊張解放→加害者の悔恨と愛の誓いによる癒し」の3相からなるサイクル(円環)を形成していることを指摘し,DVの関係が遷延する理由に「逃げられない構造があるからだ」という臨床的説明を与えた[Walker, L.E., 1984]。それに対して,「加害→被害」という直線的な因果関係を明確にする法的立場からは,暴力サイクル理論は暴力的配偶者が「暴力をふるわざるを得ない構造(仕組み,関係)があるからだ」という弁明をする余地を与える,という批判が加えられている。DVに法と臨床の側面から関与していくと,このような双方が相反する局面につきあたることがある。それを乗り越えるための司法臨床的視点が必要となる。
 また,児童虐待をする親やDVの暴力的配偶者など加害者の更生を援助するためのプログラムが整備されていない。加害者の援助のためには,強制的にカウンセリングを受けることなどを命令された者(mandated clients)への臨床的アプローチが確立されなければならない。
4.離婚
 わが国の離婚総数の9割以上が協議離婚によるものであるが,協議離婚に伴うさまざまな家族の課題を援助する制度が保障されておらず,問題や紛争に発展して家庭裁判所に離婚調停として係属した場合に初めて援助の対象とされるにすぎない。多くの離婚調停に関与した経験からすると,協議離婚にはさまざまな問題が隠蔽され,離婚後に持ち越されたり,時に個人の問題として顕在化したりすることになる。
 離婚問題には,夫婦関係の解消,子の親権の帰属といった心理臨床的な側面からのアプローチが求められるだけでなく,現実的に生活をおくるための,養育費,慰謝料,財産分与などの金銭的問題を法的規準にそって解決する必要に迫られる。しかもそうした心と金の問題はお互いに絡みあって表裏一体となって表現されるため,法だけでも臨床だけでも適切な解決にはつながらない。その両者をどのように橋渡しをして交差させながらアプローチするかということが要点になる。
 年間の結婚総数が72万組,離婚総数が27万組を超えるといわれる離婚率の増加と出生率1.25人の少子化の現状において,離婚に伴う子どもの奪い合いはきわめて解決困難な紛争となっている。離婚に伴う財産関係については離婚後に決めることができるが,子の親権者については離婚届時に決定していなければならない。したがって,子の親権者が決まらなければ,夫婦は離婚を望んでも離婚ができないことになる。金や物など財産に関する争いは,法的判断で一刀両断に分けることができるが,生身の子どもは分けることができないのである。

 以上のような諸課題をはらむ少年非行や家族紛争に対する「司法臨床」のアプローチについて,「法」と「臨床」の機能を併せ持つといわれる家庭裁判所調査官(家裁調査官)の少年事件と家事事件における実践事例を基にしながら実証的に解明する。家裁調査官の実践知としての「司法臨床の方法」は,家庭裁判所に留まらず,司法臨床の対象に携るその他の司法機関や福祉機関の実務家,心理臨床家,そして子どもと家族に向き合う学校教師など,さまざまなフィールドにおける実践者の問題解決に広く応用できるであろう。