『あとがき』

 本書を一読すると,本書で提示した地域生活支援活動モデルと現状の地域生活支援とが合致しない部分があると感じられるであろう。これは,質的インタビューによって得られたデータが障害者自立支援法施行以前のものであるという理由による。2006年10月からは,精神障害者地域生活支援センターが障害者自立支援法による新しい事業体系に移行し始める。おそらく「相談支援事業」を中心に「居住サポート事業」「地域活動支援センター事業」などに移行するものと考えられる。これらは〔ケアマネジメント志向〕〔住むところを作る〕〔安心・安全の保証〕というサブカテゴリーにかかわる部分であるが,現状と合わない部分が出てくるのはM-GTAがプロセスを提示する理論であることによる。この点については,さらなる調査によるデータ収集・分析によって修正・精緻化していくしかない。
 本書は,著者の北海道医療大学大学院看護福祉学研究科博士課程臨床福祉・心理専攻(臨床福祉学コース)の2004年度博士論文「精神障害者の地域生活支援における仮説的活動モデルの構築に関する研究:地域生活支援センターにおける精神保健福祉士の活動から」を一部修正・加筆して出版したものである。正確に言えば,本書の第1部と第2部がその部分に相当する。
 まずはインタビューを快く引き受けてくださった全国各地の地域生活支援センターに所属する精神保健福祉士(調査協力者)にお礼を申し上げたい。
 次にお世話になった先生方にもお礼を申し上げたい。博士学位論文の主査である谷中輝雄教授は,社団法人「やどかりの里」理事長時代から,著者の一職員時代,つまり嘴が黄色い時代からいろいろとお世話になった。著者がやどかりの里から高知女子大学に赴任した後でも,高知を訪ねてきてくれて著者のことを心配していろいろと助言をいただいた。大学院に入学してからは,当初月1回程度の通学であったが,北海道のおいしい魚を食べながら(みかけによらず,酒についてはあまり飲めない),精神保健福祉に関する対話を楽しみ,心温まるご指導をいただいた。また副査である阿保順子研究科長(当時),椎谷淳二教授,中川賀嗣教授には厳しくかつサポーティブなご指導をいただいた。このような指導はそう簡単に得られるものではなく,とても貴重な体験になっている。本審査時の外部副査であった石川到覚先生(大正大学教授)には,指導に加え,研究者としての心構えやご助言をもいただいた。今,自らが所属する博士課程の大学院生に対する指導についても,学位の水準に達するための指導と同時に,サポーティブにかかわるということの意味をひしひしと感じている次第である。渦中にいる時にはわからなかった気持ちであったが,人を育てるということで次第にみえてくるものがある。記して深く感謝申し上げたい。
 さらに本書の第1部・第2部に相当する研究については,財団法人三菱財団による第34回(2003年度)社会福祉事業助成金「精神障害者の地域生活支援に関する実証的調査研究:グラウンデッド・セオリー・アプローチによる解明」の贈呈を受けて実施(実施期間:2003年10月1日〜2004年9月31日)したものである。記して感謝申し上げたい。

 さて,本書で採用した質的研究法や研究成果に関する著者の意見を,田中英樹の言葉を借りながら説明しておきたい。田中は,その著書『精神障害者の地域生活支援』の「あとがき」で,「ここで改めて研究方法に関する筆者の立場を総括的に補足しておきたい。経験科学は,その第1テーゼを研究対象である経験世界の本質を尊重することから出発している。仮説の設定とその検証という理論図式の示す演繹的な手続きが『科学的』だと一概に断定できようか。たとえ操作的な手続きで標準化されたデータや概念だとしても,経験世界の本質を見事に抽出しているとはいえない場合の方が多い。経験的に適切であるという唯一の確かな保証は,経験世界とその領域に直接足を運んで発見するしかない。しかし,経験領域における直接的な検討はしばしば統計的実証主義の立場からは『アカディミズム』とは無関係のように評価される。しかし,経験の科学に裏付けられる実践の学が求めるものは,アカディミズム至上主義ではなく,いかに『useful』であるかがまず問われなければならない」(田中, 2001, pp.291-292)と述べている。著者の立場も基本的に同じで,だからこそ質的研究法であるM-GTAを採用して地域生活支援活動モデルを構築したし,この結果が精神保健福祉士の実践のお役に立てばと考えたからである。若い精神保健福祉士たちにこのモデルを参考にしてもらい,通常でそれなりの年月をかけて得られる知見,たとえば〔阻害要因としてのPSW〕への気づきや〔援助→援助+支援〕を実現するための《サポートシステム構築志向》に数年でも数カ月でも早く到達できれば,それはこの活動モデルが現場にお役に立ったという証拠である。また,精神保健福祉士との誠実な対話やさらなる調査によって,このモデルを修正して改善していくことになれば,これもお役に立ったと言える。どちらにしても,これらが実現すれば著者にとって望外の幸せである。
 このことに関連して,研究という側面を忘れてはならないと著者は考えている。田中の「経験領域における直接的な検討」や「経験の科学に裏付けられる実践の学」を誤って理解してはならないと考える。学生に自らの実践経験を語るだけで済ませる風潮が精神保健福祉担当教員に散見されることに危惧を抱いている。この水準で終わるようでは,学生により質の高い教育を行うことはできない。よい教育を行うためにはよい研究を行うこと,このことは研究者である大学教員の責任である(もちろん自戒の念を込めてである)。「経験的に適切である」ということに終わらせず,現象の普遍性や一般法則性をもめざす研究をどれだけ蓄積していくかがわれわれ研究者には問われている。精神保健福祉分野にはあまりにもその蓄積が少ない。この蓄積によって,学問としての位置づけを早く確立していこうとすることである。そうでないと,せっかくの精神保健福祉士というソーシャルワーカーとしての国家資格が有益にならないと考えるのは著者だけではないだろう。本書では研究の側面に関する事項をあえて註に集約したが,研究面に関心のある人はここを読んでもらいたいし,そこから精神保健福祉に関する研究にチャレンジして欲しいと思う。

 研究内容を現場にわかりやすく説明すること,このことは研究者の大きな課題である。田中が指摘する「useful」という観点もそのために必要なことである。そういう意識のもと本書は出来上がったが,それは著者だけの成果ではない。
……(後略)

2007年5月 住友雄資