この本は,乳幼児精神保健の本質について考え,論じるとともに,豊富な事例報告から構成されている。初心の,あるいはべテランの臨床家双方に役に立つ本である。執筆者は乳幼児やその養育者への支援の経験を見事に凝縮し,それぞれの家族・乳幼児と臨床家の複雑な関係性を読者にわかりやすく解説している。
 本書全体が,Selma Fraibergの業績をたたえ,理解をうながしている。この本は,Selma Fraibergがミシガン州アナーバーで1973年にはじめ,私もその1年後に一員として加わった「小児発達プロジェクト」の直接的な後継者なのである。本書は文学的に,かつ論理的に優れたものである。メリルパーマー研究所から生み出され,執筆者の多くは,ミシガン乳幼児精神保健協会の指導者である。Fraibergもこの本が気に入るであろう。彼女はデトロイトで生まれ,育ち,そして,ソーシャルワークの学士号をウェイン州立大学で取得した。したがってミシガン州は彼女のホームグラウンドである。
 本書に紹介されているSelma Fraibergへの賛辞としての事例を理解するためには,Selma Fraibergが類まれなる女性であることを理解しなければならない。彼女は熟慮をもって知識を吟味し,統合した。また,活力と想像力をもって関心事に取り組み,遂行することができる人であった。その過程で,彼女は多くの創造的ですばらしい思想を生み出した。それは非常に影響力の大きなものであり,本書が生まれる原動力でもあった。彼女の思想は彼女特有の考え方に基づくものであった。
 1960年に,Selma FraibergとGerald Freedmanはニューオーリンズ家族支援協会でコンサルタントとして仕事をしていたが,その協会から3〜14歳の盲児のためのプログラム作成依頼を受けた。彼らは,まさに最適な人物であった。Fraibergはソーシャルワーカーであり精神分析家,Freedman博士は,神経学者で,精神分析家であった。彼らは,幼い盲児の発達が健常児のそれとどのように異なっているのかを知らずして,どのようにそのプログラムを作成したらいいか,また,盲児の発達観から健常児の発達をどの程度学べるのかあれこれ考えた。
 FraibergとFreedmanは盲児の特殊な発達――ステレオタイプな身体運動,奇妙な型にはまった癖,自他の分離化の未熟さ,また盲児は他者との関係性が著しく希薄であると感じる等――ばかりを見てきたため,健常児との相違や類似性を正確にみることができないと思っていた。徹底的な文献検討の結果,彼らのアセスメントは他の研究者と同じであることがわかった。しかし,新しい文献では,盲目であること自体が子どもの発達上の問題の原因となるのではなく,むしろ情緒的刺激や発達的刺激が重要な役割を果たしていると論じていた。
 赤ちゃんとの細心の注意をはらった面接と撮影,観察は,Fraibergの長く興味深い仕事の始まりであった。1963年に,関心を同じくした2人の研究者は別の大学に移り,別々の道をたどることになった。Fraibergは観察研究を継続し,1965年にその研究を発展させる研究費を得た。研究を通して学んだことを共有することが役立つと考え,研究対象となった家族とならなかった家族の双方を,支援のために,家庭訪問した。研究対象の家族の観察と撮影も行われた。
 Fraibergとその研究メンバーは,1960年代初頭に,卓越した心理学者や精神分析学者らのグループと知識や意見を交換する機会を多く持った。彼らは,初期の発達をきわめて詳細に,巧妙な方法を用いて研究していた。この活動に参加した人には,Sibylle Escalona,Peter Wolff,Therese Gouin Decarie,Jean Piaget,Eric Lenneberg,Rene Spitz,Sally Provence,Robert Emde,David Metcalf,Mary Ainsworth,Arthur Parmelee,Justin Call,Daniel Stern,Ken Robsonなどがあげられる。彼らの議論の真摯さと,その場に同席するのを楽しむことは,きわめて実りの多いものであった。FraibergはPiagetについて次のように報告している。盲児がPiagetの発達テストにおける第6段階の認知発達を達成していること(自分の注意の範囲外の物を探すことで,その存在を理解したことを実証した)を録画の中に発見したときに,彼は被っていたベレー帽を空中に投げ出した。これは,視覚なしにその認知発達が達成されることを示している。
 これらの研究は,盲児と健常児の発達理解に多大な貢献をもたらすものであった。この新しい知見と,幼い盲児とその家族に対する支援を成功裏に実施することに伴って得られた新しい知識は,Fraibergに次のような核心となる考え方をもたらした。

 もしそのような子どもと家族の問題を予防するために,できるかぎり早期から支援することが有効であるなら,他の障害を持つ子どもの発達の支援にも同様の方法が役に立つのではないだろうか。子どもに固有の問題なのか親の問題なのかは重要ではない。

 Fraibergがこのような結論に達したのは,早期の経験は子どもの発達に非常に重要な役割を果たすという理解があったからである。彼女は,1973年の,ミシガン州アナーバーにおける小児発達プロジェクト開始の起動力となったのは,盲児とその家族であったと言っている。このプログラムは,何らかの方法で乳児の自我の発達を促進するために,はじめて乳幼児とその親を一緒に支援の対象としたものであった。
 1973年以来,乳幼児と家族のためのプログラムが徐々にできあがっていった。それらのプログラムはすべてポジティブな方法で子どもの発達を支え,促進することが目標であった。また,この目標に最も関連する子どもの家庭環境の改善に配慮するものであった。しかし,それが理解され,実践された方法や,そのサービスがどのように作られ,提供されるかは異なっていた。遠い将来を見通したBetty Tablemanによって,ミシガン州は地域の精神保健機関で仕事をしている精神保健衛生活動に関心を持つ実践家に,小児発達プロジェクトのトレーニングを受けることを補助することになった。その結果,これまでにない効果的な関心とスキルの普及がはかられた。ミシガン州の精神保健の実践家は,1979年に小児発達プロジェクトがカリフォルニア大学サンフランシスコ校に移行した後もそのプロジェクトの原型と密接に関わり,影響を受け続けた。この本は,こうした長年にわたる関係性を示すものである。
 本書に紹介されている12事例は,小児発達プロジェクトの重要な要素の多くを,傑出した方法で示している。これらの事例の心を打つ,重要な一側面は,非現実的な雑然さである。われわれは,赤ちゃん,幼児,両親,そして精神保健の実践家といったさまざまな人々の声を聞くことができる。事例の著述方法はさまざまで,概念化も一貫した編集もされていない。この多様性は,治療の世界――予測不可能で,混沌とし,慎重に,思慮深く,誠実に,これまで経験したことのないプロセスへと導く――をそのままに,あらわしている。本書の事例には本来の個別性が表現されている。どの赤ちゃん,両親,精神保健の実践家も,一人として同じ人はいない。どのようにあればいいのか,どのように行動すればいいのかということに対する処方箋がないことが,誰に対しても,人との関係性において効果的であると思われる。どの精神保健の実践家も個々の家族に対して同じように対応しては,うまくやっていくことはできない。そして一人として同じ精神保健の実践家はいない。
 しかし,基本的なテーマはわれわれがよく経験するものである。これらのテーマは,過去・現在における自身と他者についての人々の思いをまとめたものである。われわれは,自分を守り,主張し,自分の体裁を作り上げるために,何層にも偽装を重ね着している。その結果,その人の言葉や行動の大切な意味をわかりづらくし,自分自身のメッセージがどのように受け取られているのかもわかりにくくしている。赤ん坊の行動は正直で,最も素直に認識される。しかし,赤ん坊でさえすぐに複雑な存在に成長する。
 有能な精神保健の実践家も両親同様に複雑である。しかし,実践家が着るために織り上げた服は,治療的な関係をできるだけ有効かつ効果的に作ることができるものでなければならない。この努力は,それぞれの環境や個人によって異なるが,誰が何を感じ,何を伝え,なぜそうなのかを知るために,いつも感受性豊かな鋭敏性を持たなければならない。われわれは家族とともに,特殊ではなく,予測できない経過をたどるであろう物語を作っていくのである。しかし,それはともに語ることができる最良の物語になるだろう。時に,その物語はすぐに終わってしまうだろう。しかしその中には必ずわれわれが取り組んでいる生活が含まれている。
 家族に密着しながら,家族と一緒に仕事ができるのは特権であり,われわれはそれを絶えず経験し,感謝し,忘れない。われわれの責任は,実践的で適度な限界を認識しつつも,軽いものではない。実践家としてわれわれは,何を行い,どうあるべきかということに責任を持つが,家族が行うことに責任を持つわけではない。われわれはそれを混同するべきではない。
 同僚,コンサルタント,スーパーバイザーは,問題のもつれの所在をつきとめ,ほぐすことを助けるために,われわれの話に耳を傾け,考え,助けてくれる人――われわれにはできなかった方法で支援対象の親子の問題を理解することを助けてくれる人――であり,彼らとの協力なくして良い仕事はできない。本書の事例はこれらすべてについて,それ以上のことを語ってくれる。
 本書の事例とその後に続く演習問題は,類似性と異質性を繰り返し理解することを助け,事例のおかれた環境で,自分ならばどのように行動し,その理由は何かについて考えさせてくれる。個別の事例において,われわれはその母親の行動や言葉の意味に対して異なった感じ方をするだろうか。赤ちゃんのニーズに対するわれわれの感じ方が,異なった介入を引き出すことがあるだろうか。いくつかの疑問が,本書の多くの事例や一般的な乳幼児と家族に対する仕事の中で,繰り返し生じる。誰かのために誰も犠牲になることがないように,親と子どもに対してバランスよく共感するにはどうしたらいいのだろう――片方への関心がもう片方に対する十分の注意や理解を欠くことなく,あるいは両者をともに助けたいという強い願望によって両者が危険にさらされないために――。このバランスは,あなたの立場をいつも正確に把握するためという必要性を持って情緒的な綱渡りをするようなものである。外面的には防衛的であったり攻撃的である壊れやすい家族を,どのように適切に擁護したらいいのだろうか。親とともに,そして同時に親のためにそれをできるだろうか。利用されているという思いをどのように避ければいいのだろう。いつそれがおこるのだろう。あなた自身の感情や生活の変化を,どのように要因として考慮したらいいのだろう。
 こうした疑問のいくつかは,われわれが乳幼児やその家族の支援をしながら答えを見つけなければならない。われわれがなすべきことを指示してくれるプログラムも処方箋も存在しない。適切なトレーニングを受けることや,適切な知識を持つことに加えて,われわれの最良で確実な羅針盤は,自分をよく知り,あるべき姿を知ることである。もちろんそれはいつも同じように見ること,感じることではない。本書の事例はこうした疑問,あるいはさらなる疑問を発し,その答えを出すことを助けるものである。
 このような仕事は,双方にとって毎回毎回本当に冒険である。その仕事の中でいつでも好奇心と関心を持ち,時には驚きを,そして常に学びを伴うものである。私は今でも,1974年の小児発達プロジェクトの会議の席で新しい仲間と一緒に,われわれが行ってきたことを評価しようとしていたことをいきいきと思い出す。われわれは,その実践の理由を知っていた。そして実践の方法や,成果の評価の検討に取り組んできた。それは現在も継続されている。この仕事に関わっているすべての人が,われわれの介入によって獲得できる重要なものは何なのかに気づき,明瞭に述べることができるよう努力している。
 しばらくこの仕事をしてきた人は,本書の事例を読むことで,昔なじみのたくさんの心の友や敵,新しい存在に出会うだろう。経験の少ない人にとっては,本書の事例は他者の経験から学ぶよい機会となる。一人であるいはグループで本書の事例を考え,ディスカッションすることを通して,このとてつもなく素晴らしい仕事の複雑性や人の痛み,そして喜びに対する洞察を蓄積することができる。

Jeree Pawl
カリフォルニア州サンフランシスコ
2002年1月