まえがき

 本書は,クライエントを治療し,クライエントについて考えてきた私たちの長年の経験から生まれた。本書は,深く,強く,意味のある,癒される治療関係を創造するための治療マニュアルガイドラインであると私たちは考えている。本書はテクニックについても書かれてあるが,それらの単なる寄せ集めではない。むしろ,セラピストの活動をガイドするための概念的枠組みを述べたものである。私たちが用いている理論はこの目的に特によくあてはまっているが,その理論の名を口にするや否や,私たちは大半の聴衆を失ってしまう。したがって,知的刺激を提供し,臨床的洞察を共有していただくという私たちの望みは,私たちが頼みとするまさにその乗り物(理論)によって妨げられてしまう。
 臨床家は,本書に書かれている新しいテクニックを簡単には身につけられないであろう。もし,これらのテクニックの基礎となっている理論に対して強い否定的な反発があるならば,臨床家はそれらのテクニックを特に受け入れないだろう。しかしながら,この理論は広く誤解されている。したがって,第1章では,徹底的行動主義の主要な教義について説明し,その誤解を解き明かす(あなたは気づかなかったかもしれないが,私たちはその理論の名前をつい口走ってしまった)。第1章では,さらに,徹底的行動主義が,クライエント―セラピスト関係にいかに焦点をあてているかを明らかにする。
 本書は前から順に読んでいただくことを多少意図しているが,必ずしも順序通りに読まなければならないということはない。各章はほとんど独立している。というのも,あまりよく知られていない概念は,すでに前の章で出て来ていたとしても,その章で再び簡単に説明しているからである。最初の3章の多くは理論的,抽象的記述に割かれており,その後の章では臨床的適用が強調されている。読者によっては,臨床的な章を先に読むと,はじめの理論的な章を熟読したくなるかもしれない。全部の章に目を通し,諸概念がどのように新しいやり方で応用されるかを目の当たりにするならば,蓄積的効果が生じ,それらの概念はより理解しやすくなると思う。
 第2章では,機能分析心理療法(functional analytic psychotherapy, FAP)の原理を開陳する。私たちは5つの原理を提示するが,その最初のものこそが本当に必要なものである。それは,「臨床関連行動を見つめよ」である。これこそが本書の述べるすべてである。
 おそらく第3章が最も難しいと感じることになるだろう。言語行動に関するいくつかの概念はここで始めて紹介される。クライエントが語ることを分析するシステムが説明される。このシステムを学ぶために時間を費やしたくない読者や,主要な結論に直接進みたい読者のために「緊急避難口」が用意してある。
 情動と感情は治療過程の中心にある。しかしながら,私たちは他の多くの治療システムとは少し違う道を歩んできている。感情はクライエントの問題の原因ではないし,治療的変化の原因でもないというのが私たちの結論である。しかし,その一方で,感情が生じなければ治療は機能しないと考えている。この矛盾その他が第4章で説明されるが,感情を表出することに関する私たちの議論が,この混乱したトピックに明瞭さを付け加えてくれることを望んでいる。
 誰もが考えるし,認知を持っている。そればかりか,認知は治療において主要な役割を果たす。第5章では,これらの現象に対する徹底的行動主義の見解を提供する。私たちが考えるアプローチは,認知療法家をはじめとする心理療法家に役立つであろう。
 本書では,通常の範囲を超えて,行動理論の適用を広げている。この拡張の程度は第6章において最も甚だしい。第6章では,行動的な方たちの間で普段論じられることのないトピック,自己の問題,を扱う。私たちは自己を,多くの形で現れる,そのいくつかは他より適応的な,高度に個人的な経験,ととらえる。不適応的な形の中では,境界性,自己愛性人格障害,解離性同一性障害を論じる。私たちは,自己の問題を,正常な,そして病理的な児童期の発達の間に起こったさまざまな外的条件の結果であると説明する。
 第7章では,FAPが治療関係に焦点をあてることは,精神分析の焼き直しにすぎないのではという論争に挑む。転移と治療同盟の精神力動的概念ならびに対象関係論の関係モデルが検討され,FAPがいかに力動的精神療法と現代行動療法との隙間を埋めるユニークな存在であるかを例証する。
 興味の持ち方によっては,読者は私たちが一番良い物を最後に残していたと思うかもしれない。最後の章では,倫理的警告,スーパーバイズ過程,伝統的な研究方法論に固有の問題とFAPの研究にとってのその意味,そして,治療の外の世界での問題を扱うためにFAPの原理がどのように拡張できるのか,を探求する。
 本書を通して使用される行動的な専門用語について,一言付け加える必要がある。行動的な言語は,臨床的な現象に新たな洞察を加えることを助け,治療がどのように役立つのかや,クライエントにはどうしてその問題があるのかについて,私たちが言おうとしているものを伝えてくれる。しかしながら,この専門用語は心理療法の環境の中で育ったものではない。それゆえ,心理療法で生じる現象を伝えるために使用するときは扱いにくくなる。私たちは徹底的行動主義者の言語と多くの臨床家が用いる言語とを結ぶ一本道を歩いた。あるときには私たちは北に行き,またあるときには南に行った。しかし,私たちは両者の良いところを利用しようと心がけた。
 本書はNeil Jacobsonが編集した本,臨床実践における心理療法家(Psychotherapists in Clinical Practice, 1987)の中の一章から生まれた。Neilには,私たちがそのはじめの一歩を踏み出すことを励ましてくれたことに感謝する。本書では,クライエントの言語行動により注意を払ったり,事例の逐語録を用いることで,臨床で適用しやすくするようにした。自己に関する章は,Robert KohlenbergとMarsha Linehanによって書かれた論文から進化したものである。
 ……(後略)